武蔵野TVの事情の、1
『東京ローカルニュース21のお時間です。今回は内容を変えてお送りいたしております』
今回の戦闘報道に関する一番速報は、地元に拠点を持つローカル局『武蔵野TV』だった。
興奮を隠すことができていない新人アナウンサーが、台本をチラチラと伺いながら落ち着かない体で視線を泳がせている。
「こちら現場だった吉祥寺です。えー、現在、そうですね。緊急特番で私『有野ナンシー』がお届けしています!えー、今戦場になった小学校に来ておりまして、つい先ほどまで激しい戦闘がおこなわれていたと、いうことです。あ、ちょうど避難していた小学生たちが下校するみたいなので、お話を聞いてみましょう」
もう少し角度があれば下着が見えてしまいそうなほどに短いタイトスカートを気にする風でもなく、駆け出す有野アナウンサー。カメラがどうしてかローアングルで追う。
「お?このカメラマンわかってるねぇ。ギリギリを攻めるあたり、ツウだね」両手でカギ括弧を作り、さもカメラマンと同調視点を持っているぞとアピールする太平洋。
やれやれ、と首を軽く振って「どうしてこのアナウンサーは自分の名前のところだけ大声で叫んだのか」ということについて鳳皇が黙々とドーナツをほおばる佐藤左京に疑問を投げかける。
「ローカルなんかが慣れないトップネタを拾うと、往々にして起きる現象ですね」左京の表情は微塵も動かない。それでも聴き取れるギリギリの声量から発しているとは思えない辛辣な言葉が凶暴な棘をチラつかせてくる。ドーナツが余程甘かったのか、大きめのカップに入れたコーヒーを多めに含む。喉が鳴る音がテレビの中継音声に混じってなお届いた。
テレビのむこうでは小学生の目線まで膝を折った有野が「間近で宇宙人とニアミスしたわけですけど、怖くなかったですか?」と通りがかった集団下校の数人に声をかけている姿が映る。
「うわ!おばさんこれテレビ!?芸能人出る?なんて番組?」
「む、『武蔵野TV』よ。芸能人っていえば、まあ私のことかなっ?」
おどけてみせるも小学生にはまるで通じない。彼らの中に分け入って、それで秩序を統制できるのは有野ナンシーなんかよりずっとメジャーな存在でありカリスマだけだ。
感情のまだ率直な小学生の視線は冷たい。
どのメディアでも見たことのない三十路周辺の女子アナウンサーならなおさらのことだ。彼らにとっては興味外でしかない彼女の存在は、カメラマンが随行していなければすぐさま笛吹案件になりえた。
事実、集団登校を指揮する高学年の女子の顔には有野に対しての警戒が強く滲んでいる。
「ようやく帰れるんです。ほっといてもらえませんか?」歯切れのいい受け答えで、有野が近づいた質問に答えてくれそうだった子供の背中を押す。
「あなたでもいいのよ?光の巨人が出たんでしょ?ウルトラマンみたいなものかしら?ウルトラマン――知ってるわよね?」
マイクを持って迫る有野。
「ウルトラマンかどうかは知りませんけど――」少女が面倒そうに口を開き始めた途端、
「敵を倒してくれたのは、自衛隊のお兄ちゃんだよ。うんこ洩らしながら戦うんだ」
一人の小学生が割って入った。
「う、うんこ洩らした、自衛隊?」有野アナウンサーがわけもわからないまま復唱したため、ディレクターが慌ててホワイトボードに『下ネタ禁止!』となぐり書いた。




