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黒い兎の子、の16

 真上から金色のどろりとしたものが急に降りかかってきた。

 相応の質量がその金色のものにはあって、巨大獣に集中していた柊陸曹のアタックトルーパーは思わぬ角度からの襲撃に上手く対応することができなかった。


 大半の液体らしきものを、頭から浴びる。


 「何だ!何が起こった!」


 アタックトルーパーのモニターが一瞬なにも映らなくなったものの、すぐさま視界はクリアになる。

 外部からの衝撃その他に反応するセンサーにも異常は検知されない。

 それどころか、わずかに関節部の駆動系がスムーズになったような――そんな操作感さえあった。


 「陸曹!大丈夫ですか」久能と田辺の通信が交錯する。


 いまひとつ状況は読めなかったが、センサー各種が異常を知らせてこない以上それを鵜呑みにするより術が見当たらない。

 「大丈夫だ。それどころか少し動きが早くなった気がする」


 うえっ、そうなんですね、とモニターむこうの二人が渋い顔を見せたのがわかった。遠目からモニターしている二機からは柊機が巨人の吐いたものをまともに受けたのを確認していた。

 「この場合、吐瀉物(ゲロ)を頭からかぶったなんてことは、知らせない方がいいのかしらね」と、久能1士。

 「普通にえんがちょ案件ですけどね」田辺2士が小声でつぶやく。

 「後で教えてあげましょ。今は――!」久能が視線を戻した。


 突如現れた光の巨人が、墜落直前だった巨大獣を両手でしっかりと支えていた。ヒンズースクワットの途中で動画を止められたような中途半端な格好は見ようによっては笑いを誘うものであったが、都合よく解釈するなら地球を支えるアトラス像のようにも見える。


 「そのまま支えていろ!」


 柊機が再び銃を放つ。金色の巨人の横をすり抜ける精密な軌道を描いて巨大獣に着弾していく。

 連携して久能のガントルーパーと田辺のキャノントルーパーが息を吹き返したように火線を繋ぐ。

 

 この時、柊は妙な違和感を感じていた。

 

 それは十分な射程距離のない武器を持たない柊だったからこそ感じた違和感だった。

 

 どうして巨大獣(こいつ)は攻撃をしてこないのか。

 長距離武装のない仕様なのだとしたら当初こちらに撃たれっぱなしになっているのはまあ理解できる。

 しかし今は間違いなく近距離戦に突入している。

 仮に中距離武器しかないというのなら、今現在、久能機と田辺機はともに射程圏内であるはずだ。


 体当たりだけが唯一武器だというのか――。

 いや、と思いなおす。そんな欠陥品をはたして戦場投入してくるだろうか。

 マスドライバーによる射出から直接目標に体当たりしてくる日流研のノーシェイプの姿が一瞬過ぎる。いや、あれは特殊な部類だろう。


 すると、陸戦型なのか?


 先日相対したロバ型巨大獣の機動性は侮れないものがあった。それに比してこの真っ黒な二宮金次郎は今のところ悠長にただ降下してきただけだ。

 ただ墜落させて都市に被害を与えるタイプか。だとするなら決して地面に接触させるわけにはいかない。

 柊陸曹の迷いがピークに達したタイミングで、本部との通信が突然回復した。

 

 そのまま吉祥寺上空で敵機を撃破されたし――


 平坦な声が響く。柊には、その声の主が本部のブレーンコンピューター『I.P.U』のものであるとすぐにわかった。聞き慣れたいけ好かないマシンボイス。正論さえ邪推してしまうほどに柊にとっては苦手意識のある音声だ。


 「理由を聞きたい」


 返答は、ない。


 相手が血の通った人間のオペレーターであったなら、すぐに噛みつく案件だ。しかしこいつは違う。これまでも、何度も同じ目に遭ってきていた。

 必要と思われないことに関してのやりとりは決まって相手側から途絶される。

 つまり一方通行なのだ。決定事項を淡々と伝えてくるラジオのようなものだ。


 ああそうかよ!


 柊は入れっぱなしにしていた本部との回線を切った。


 つまり()()()()()()()()()()()()()ってことなんだろ?


 怒りで紅潮した顔を隠しもせず、柊灯(ひいらぎとおる)陸曹は僚機のトルーパーズ二人に向けて言い放った。


 「光ってる方にはいっさい当てるな!二宮金次郎だけを空中で完全破壊する」


 「光の巨人は味方という認識でかまわないんですね?」

 「そうだ!」I.P.U(馬鹿コンピューター)の気がいつ変わるかわかったものではなかった。犬猿の仲であるからこそ知れることがある。

 「光の巨人、味方認識しました。ターゲットから除外」

 これで味方からの誤爆の確率は激減するはずだ。

 

 「これより掃討戦を開始する」凛とした檄が飛ぶ。 


 ラジャー!チームの声が、揃う。

 


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