黒い兎の子、の14
視界が高く伸びていた。
竹はわずか一日で三十cmもその丈を天に向かって仰ぐという。
遥ローエングリンは、今まさにその奇跡を目の当たりにしていた。もちろん、おおよそそれは竹の成長の速度に比するような可愛げのあるものではなかったが。
黒い霧が身体を包んだ――いやさ、正確にはすべてそれらを吸い込んでいたのかもしれなかったのだが――気がつけば、遥の眼下に、街が広がっていた。
理解が追いつかず、ついぞ自身の手を見る。
身体が発光していること以外、視覚的にはぱっと見何ら違和感はなかったが、自分自身を主観的に見るのと自身の目から周囲を客観的に見るのとでは大きく見解が異なるのだと、認識できた。
こういうのを以前どこかで見たことがある。
あれはそう、ミニチュアで作られた自分の街を歩いてみようという企画展に浄然薫梨と寺門防主の二人に無理矢理連れていかれた時のことだった。
最初はまったく乗り気ではなかったのに、ミニチュアセットの中に自分の身を置いたとき、眼下に広がった視野にはからずも感動を覚えた。
しかも今回はミニチュアセットの端っこなんてものはない。目が届く限り、視界には世界がどこまでも延々と続いている。
さっきまで頭上の視界いっぱいに見えていた巨大獣の黒い影は、今や等身大の相手として捉えることができていた。
薪をかつぐ老父。何故だか巨大獣がそんな名称であると確信できた。
左足の底に違和感があった。足を上げると小学校をぐるりと囲う金網のフェンスの一部を踏みつけている。慌てて足を上げるが、ひしゃげたフェンスは無残に格子柄を崩していたし、土台のブロック塀は米粒のようにばらけてしまっていた。
一大事じゃないのか?
頭がようやく平静を取り戻すと、とんでもない現実が遥自身に起きているのだと気づかされる。
足元で手のひらサイズのプラモデルが、昆虫のように奇異な音を立てて蠢いているのが目に入る。
それは遥にとってかつてのタマムシを思わせる不快感をともなって記憶をフィードバックさせてきたが、その形状が件の自衛隊機であると認識できると少し落ち着くことができた。
「――聞こえるか」
自衛隊機の発する音が届く。
玩具が喋ってる。決してそんな悠長な場面ではないのに、危機感なくそう思えた。
「聞こえています」
自分では呟く程度に声を上げたつもりが、周囲一面にその音は通った。
これは駄目だ、とすぐに思いなおす。
これから自分がおこなう一挙手一投足が、全てにおいてリスキーなのだと考えなければならない。どうしてそう思ったか知れないが、確信に近い直感がこの巨大化状態がそう長く続くものではないと伝えてくる。
「――僕は、あなた方の敵ではありません」
光に包まれた巨人の、これが最初の一言になった。




