黒い兎の子、の13
「下がれ!少年」柊陸曹の声が飛ぶ。
トルーパーズが決死の思いで削った巨大獣の欠片が粒子の霧となって周囲に霧散したのはこれまでも目にしてきたことだった。
しかし今回のように削ったものが単一のなにかに吸収されていくのを見るのはこれが初めてだ。
黒い霧は悪霊かなにかだとでもいうつもりなのか?
非現実的なことをあえて口にするのは憚られた。さすがに齢二十五にもなって「お化けを見ました」なんて口が裂けても言えはしない。
「久能1士、田辺2士。二人には俺が見ているものが見えているか」
かろうじて絞り出す。
右と左の位置の差さえあれ、現状、久能と田辺の両名にあっても、視界には同じ光景が飛び込んできていた。言葉にはできず、目を見開いたまま画面越しに頷いている。
「――少年!」柊が再び声を上げる。
声が、さすがに遥ローエングリンにも届いていた。さっき助けられた自衛隊の人だとすぐに理解した。
「その場から逃げろ。ここは我々が堅守する」
「こっちにもここにとどまる理由があるんですよッ!」
せっかく自身の抱えた謎に迫っているのだ。遥ローエングリンにも退けない理由がある。もう少しでわかるなにかがある。みすみすそのチャンスを逸することなどできよう筈もない。
「わからず屋の子供がッ!君以外にも救わねばならない命があるんだ。自力で逃げる足があるうちに早く行かないか!」柊の苛立ちが鋭い言葉に変わる。
上空すぐ近くに巨大獣が迫ってきていた。横倒しの姿は、体長にしてゆうに柊機の二十倍は超えている。懸命に連携射撃をおこなっている久能機ならびに田辺機の善戦もむなしく、ゆっくりと降下する巨大獣の落下推定時間は残り三十秒を予測していた。
三十秒の後には地表に落下する。それはある程度の高さを持つ建造物であればその前に巨大獣によって圧し潰されるということになる。三階建ての小学校はまず先に消えるだろう。
圧倒的に時間が足りない――!
「撃て!久能!田辺ッ!弾倉が空になっても引き金から指を離すんじゃないぞ!」
「さっきからやってる!こっちだってクールダウンなしで撃ち続けてコクピットが熱暴走起こしそうになってるんだって!」
「同じくです!もうキャノン撃ちすぎて、耳がもちません!」
巨大獣から爆炎が上がるたびに黒い霧がより深くたちこめていた。
チームの二人がよくやってくれているのが伝わってくる。
それでも巨大な影が消える気配はない。レーダーに『目標急接近注意』のレッドアラートが鳴り響く。それは目標の再至近にいる柊機への退却命令でもあった。
「俺が今、退いたらよ!」
誰が学校に避難してるやつらを守んだよ。
「諦める」といった言葉を日頃からもっとも嫌厭している柊陸曹が泣き言を口に出しそうになった刹那、周囲を真っ黒に覆う霧の中から黒い霧を巻いて、光のかたまりが姿を現わした。




