黒い兎の子、の10
これまで報告を受けてきたどの巨大獣よりも大きなそれは、トルーパーズの連携射撃を受けてゆっくりと地表近くにまで落下してきていた。
「地上に落ちきる前にバラバラにしてやれ!」柊陸曹が叫ぶ。
先日港区に現れたロバの巨大獣のこともある。ある程度のダメージを与えればこの間のように巨大獣は塵化して消える可能性があった。銃器の間合いに入るや、柊機もマシンガンを連射する。
「柊機はもっと右から狙って!」久能1士の怒号とともに多弾頭ミサイルが火を噴いた。
反対側からは田辺2士の160mmキャノン砲が轟音を飛ばす。
右から当て、よろめいた身体に反対側と正面から撃ちこみをかける。
柊らが得意とするトルーパーズの都市戦闘下における銃撃戦術「鳥かご」だ。
この戦術にはまった敵は、知れず彼らによって行動範囲を制限されていく。
気がつけば、相手は彼らによって被害が多少拡大しても問題のない閑所へと追いやられてしまう。
これは街への被害を最小限に抑えるために彼らが独自に考案した戦術で、これまでも「鳥かご」によって確たる戦果を重ねてきていた。
「オーケー!引き続き目標の空中撃破を最優先とする。撃墜できないと判断した場合は、最悪、目標をそこに墜とせ」
各トルーパーのレーダーに目的地点が点灯している。近くにある小学校の校庭が、それだった。
ラジャー!声が重なる。
目標と落下目的地点に最も早くたどり着いたのはやはり高機動型の柊機――アタックトルーパーであった。人感センサーを確認しつつ避難者のいないことを確認する。
しかし不意に人感センサーが、アラートを伝えるビープ音をけたたましく鳴らした。
この先に人を示す赤い点が密集しているだって?高速で移動する柊機の動きがわずかに緩んだ。
場所は――!
「小学校だと!?」
レーダーに反応している小学校は、これから柊らが「鳥かご」によって追い込んだ巨大獣を着地させるために選んだ場所だった。体長100mを超える大きさの巨大獣を周囲の家込を損壊させずに処理するための決戦場には、現在こともあろうに多くの人間が避難している、とアラートは告げている。
「まさか旧時代の避難マニュアルに則って行動しているっていうの――馬鹿一択ですか!?」久能が信じられない、といったふうに叫んだ。
平成と呼ばれた時代に制定された避難マニュアルには、確かに「地震等の大きな災害があった際は最寄りの頑丈な施設に逃げ込みましょう」という記載があった。しかし元号が平成から令和、そして(第二)暦仁に変わってからは、侵略軍の攻撃に合わせて避難マニュアルも大幅に変更されているはずだ。少なくとも今回のように避難先を同じ場所に密集するなどということは推奨されていない。
「これは予想していなかったですね。平成生まれの人でも統率者にいたんですかね?」田辺が緊張した声で伝えてくる。柊機のアラートが他の二機にも情報共有されていた。
「今からじゃ最寄りの地下シェルターへの避難なんて、無理よ!」久能が悲壮な声を上げる。
「各機、あきらめるな。このまま「鳥かご」を続けるんだ!最悪の場合、俺が――!」
巨大獣に最も距離の近い柊機のアタックトルーパーが、さらに加速した。
このまま撃墜できないとあれば、俺があのデカブツを下から押し出してやる、言葉に出さず突っ込む。




