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黒い兎の子、の9

 爆発が、今度は巨大獣の側頭部から上がったのが見えた。数秒遅れて轟音と、さざめくような爆風。

 空色のミニクーパーは何の迷いもなしに爆発の中心地へと疾駆していた。

 先刻、遥たちを助けてくれた自衛隊のロボットが遠巻きに銃を構えたのが見える。


 「ロウ、お前、あの黒い奴のことを『フネ』って言ったか?」器用にセミマニュアルを使って荒れた道筋を縫う遥迅速。通り慣れた道でもないのに車速はまるで落ちていない。


 「よく、わからない。でもあれが舟で、()()()()だってことは、なんでかわかる」記憶に擦りこまれたそれが紛れもなくそういう名前であると伝えてくる。しかしそれがいったいなんであるのかは遥ローエングリンにはわからない。断片的に名前だけがパッとスポイルされてきただけだ。


 「街に、落ちるぞ」

 グラリ揺れた黒い影の巨体が傾いて、本来着地するべき体勢とは異なる格好で地面に突っ伏した。場所的には吉祥寺あたりか。場所的にそう遠くはなさそうだが相当数の住民が混乱しながら街から逃げ出してきている。渦中に近づくにつれ、車と人で交錯していて思うように進めない。こんな状況下にあっては、たとえ片側一車線であっても互いに車道を譲るようなマナーは人々から消え去っていた。一心不乱に逃げ出す人間の波は止まらない。数少ない車はごった返す人の波でたちまち動かなくなってしまっていた。

 「ここから先は車じゃ無理だな」迅速が苛立ち紛れにステアリングを叩いた。

 

 「ここまでで大丈夫。後は、走っていく」

 行かないという発想はすでになかった。あるいは肚の底から突き上げてくる衝動がその選択肢を奪い去ってしまっていたのかもしれない。

 「――おい――!」

 とどめようとする迅速の制止も聞かず、(ロウ)はミニクーパーの重いドアを閉めて駆け出した。

 住民が波のように車の前を、横を流れていく。まるで身動きが取れない。人々の逃げまどう声は荒れ狂った川の唸りのごとく響いて耳に障った。遥迅速は今一度力強く車のステアリングを叩いた。

 

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