黒い兎の子、の8
軽快なエンジン音と安定したグリップが、荒れた道路を縫って走る。
自分でも意外なことを口走った手前、迅速の返しをなかば待っていたロウ――遥ローエングリンは、微妙に過ぎていく沈黙に耐えきれず口火を切った。
「こういう時、普通の親は『行くな』とか『そんな危ない真似をするな』とか言うもんじゃないの?」
ステアリングを握る遥迅速は、息子のロウを一瞥だけして、視線を進行方向に戻した。
しばらく沈黙が続いたのは逃げまどう人々が路上に惑っていたエリアを通過したこともあったのだろうが、息子の言葉をよく噛みしめたうえで応えようと思案を繰り返したせいなのだと、遥ローエングリンは思った。
父の顔がいつになく真剣で、普段大きく見開いている目が細くずっと遠くを見ているのがわかったからだ。
まあ、そうだな、とようやく重い口を開く父。
「四十年前なら、そう言って止めたかもしれねえな」
それはもう現在なら止める理由がないって――そういうことか?と、ロウが言葉に出す前に、迅速は言葉を続けた。
「あのころとは今はもう全然世の中が変わっちまったからな。お前に「行くな」なんて言うような親ならとっくに東京なんて捨ててらあな」
ニッと笑う。
「今の時代は自分で正しいことを手探りする時代なんじゃねえかと俺は思ってる。そう思ってる俺に、お前をどう止める言葉があるよ――まあ、こう言っちゃなんだが何ひとつ浮かばねえわな」
よそ見した途端に段差でミニクーパーが跳ねた。
昔からおかしな親だと思っていたが、やっぱりどこか螺子が外れてる。それを心地いいと思うのだから自分もどこかおかしいのかもしれない。でもこういう時そんな言葉を口にしてくれる身内がいることを嬉しく思う。安っぽい感傷で後先も考えてないひと言なのかもしれないが、背中を押してくれる言葉というのはきっとこういうものなのだろう。はにかむ。
ミニクーパーが自衛隊の柊陸曹のアタックトルーパーの真横を躱してひょうたん橋を左に見たあたりで、突然空気がびりびりと振動した。同時に空を割って巨大な黒い塊が姿を現す。
「なんだありゃあ!」
叫ぶ迅速に、ロウが歯を軋ませる。
「舟か――!」
「――なに!?」迅速が目を大きく開く。
先ほど追い越した柊機のアタックトルーパーが器用に街並みを縫いながら銃を放つのが見えた。
「そんなところから撃ったって!」
山なりに銃線が落ちていくのが見えた。
「父さん!もっと寄ってくれ!」
「馬鹿言え!君子危うきに近寄るべし――は、俺の専売だが、さすがにこれ以上は洒落にならんぞ」
遥ローエングリンの心胆が、もっと寄れ、と脈動したのがわかった。
「あれは――違う!ホウレンだ!」
爆炎が、天空から降りてきた巨大獣に華開く。
轟音が、響いて、空気が裂ける。
「それは敵じゃない!敵じゃないんだ」
遥ローエングリンが叫び、遥迅速はセミマニュアルにシフトを変えて車の進路を事の中心へと向けた。




