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黒い兎の子、の4

 こちらに飛来してきた円盤の数はざっと見、五機だ。円盤はめいめいに建物を削り取り、噂通りの赤い光線を出しながら路地や上空を高低をつけて飛行している。

 結果論として、商店街の人混みに紛れたことで遥たちは円盤の目標から脱していた。

 円盤はより狩りやすい獲物を集中して襲う傾向があり、比較的動きの速い遥たちは目標として後回しにされたのかもしれなかった。

 

 (ひさし)の大きい家屋の影に潜んで、身をかがめる。そのすぐ上空を円盤が通り過ぎていく。


 あくまで結果論だ。こんなやり方――。苦い感情がせり上がってくる。遥は胸を抑えた。


 「まだ心臓がどきどきしてる」足の震えを隠すことができない浄然に「俺もだ」と作り笑いを浮かべる寺門。表情がいつにもまして真剣で頑なである背景には、寺門自身も自分が下した選択に対して受け入れがたい思いがあるからなのだろう。

 「こういう時って、ミンケイバーが来るのかな」浄然の声が震えている。当初の侵略時に武力対抗してくれた米軍は現在東京近郊からは撤退していた。円盤に戦力のほとんどを削がれてしまったことが撤退の大きな理由だった。

 円盤と戦闘機の相性はすこぶる悪く、直線的で一撃離脱型の戦法を得意とする戦闘機の武装はトリッキーな動きをする円盤相手には適していなかった。

 かといって先般世田谷区に現れたミンケイバーが街を破壊したという噂は三鷹市にも伝わってきていたから、浄然の心配も当然といえば当然のことだ。

 「なんたって全長が60m超えてるらしいからな。少し歩いただけでもかなりヤバいだろ」

 「港区に出たっていうやつはどうなんだろう」

 「知らないな」と寺門が首を振る。ノーシェイプは街を破壊する悪評こそ立てられなかったものの、これといったインパクトのある初陣でもなかったため、世間での認知度は低迷していた。

 「自衛隊がロボット出したって話だけど」


 「三鷹が戦場にされるのは、いやだよ……」浄然の声が涙声に変わる。

 「それは、誰だっていやだろ」泣いたところで何も解決しない。そのうえ弱気な台詞を並べてどうするっていうんだよ。遥は口から飛び出しかけた言葉をすんでのところでかみつぶした。

 こんなときかける適切な言葉が浮かばない。ただ、現状を悲観するだけして周囲までも不安にさせるのだけはやめてほしかった。

 「とりあえず、移動しよう。同じところにいるのはかえって危ない」

 どうしようもない苛立ちが寺門の態度にも見え隠れしていた。体を動かすことでこの閉塞感を払拭しようとしたのかもしれない。


 商店街からほとんど人影はなくなっていた。市民が四方八方に逃げ散ったことで円盤も商店街から郊外へ拡散したのだろう。遠くの方で円盤が飛行する音がしたが、このあたりには静けささえ漂っている。火の手こそなかったが街のあちらこちらで細い煙が立ち上っていた。電線が切れて道端で火花を散らしている。ブロック塀が無残に切り崩され道幅を狭く歩きづらくしていた。

 少し離れた場所でおそらく女の子だろう、わあ、と声を上げて泣く声がした。

 親とはぐれたのか、はたまた公園で遊んでいて巻き込まれたのか、静けさの中で響く鳴き声はひどく耳についた。


 ほとんど反射的に、遥と寺門が声のする方へ駆け出していた。


 商店街の角を曲がった先にある猫の額ほどの公園に、赤いスカートを穿いた五、六歳くらいの少女の姿があった。手に黄色いクマのぬいぐるみを持っているが、クマの腕は縫い目がほつれていて今にも取れてしまいそうだった。膝を擦りむいたのかわずかに血が滴っているのが見て取れた。

 周囲にほかの人影はない。

 

 少女の傍へ駆け寄ろうとした刹那、突然公園の街路樹を裂きながら円盤が飛び出してきた。

 突然のことではあったものの、遥は飛び出すのをやめその場に踏みとどまった。慌てて物陰を探すために視線を切る。しかし同時に飛び出した寺門は止まらない。少女を懐にかき抱くと、観念して円盤に対して背を向けて身を固めた。

 

 円盤の鋭く光る回転刃が唸りをあげて二人に襲いかかる。


 「――馬鹿野郎!」遥は寺門の矛盾した行動に、吼えた。円盤の巻き起こす風に血が混じった――そんな錯覚を覚えた。


 何かできないのか!?


 そう遥が逡巡したのは一瞬のことだった。


 後から遅れて公園にたどり着いた浄然は、遥の栗毛が一瞬の間に銀色に変化して、空へ向かって逆立つのが見えた。


 「え――何!?」


 次の瞬間、縦になった円盤が轟音とともに弾け飛ぶ。


 商店街に並ぶ無人の民家に、円盤が横倒しのまま突っ込んだ。


 寺門がおそるおそると目を開けると、硝煙(くゆ)る煙のむこうに、人型をしたロボットの姿が見えた。市街色に塗られた細身のロボットから、明瞭に響く声がした。


 「無事か少年!民間人は速やかに避難を!」 


 「自衛隊の……これが自衛隊の、ロボットなの……か?」


 焦げ臭さの立ち込める公園に、少女と三人の高校生が茫然と立ち竦む。

 


 

 

 

 

 

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