黒い兎の子、の2
遥ローエングリンには幼少期の記憶がない。
目を覚ました時そこは病院で、医者が呼んできてくれたのは父親を名乗る遥迅速であり、父親を名乗る彼が言うには、僕は遥ローエングリンという名前を持つ十四歳になったばかりの男子であるということだった。
目が覚めてすぐ思ったのは「すごい名前だな」という一点で、不思議なことにそれは流石に周囲から浮いたものであるし、虐められる対象になり得るだろうという直感が即座に働いたことだ。
遥自身にある種常識的な自己認識が確認できたこともあって、その病院の担当医は僕が一時的な記憶障害を起こしているだけの患者で、これ以上の入院は必要ないだろうという判断をした。医者が話していたことを偶然聞いてしまったのだが、どうやら僕はこの病院に来るまでに何件もの医療機関をたらいまわしにされていたらしい。たらいまわしにされていた理由について訊ねても未成年であることを理由に教えてはもらえなかった。
自分が特別な存在なんじゃないかと思い至るのに、そこからはそう時間はかからなかった。
父親が「お前は何年も眠り続けていた」というわりに、僕の体はリハビリもなしにベッドから起きてすぐ立ちあがれたし、そのまま歩くことも走ることさえもできた。
勉強にしてもそうだ。これまで一度たりと勉学にいそしんだ経験も記憶もなかったのに、まるで毎日睡眠学習でも施されていたかのように同年代がこなす大抵の問題を遥の頭は理解していた。
結果、僕は自分が「いろいろとおかしい」のではないか――そう疑いを持った。
おかしいといえば月に一度くらいだろうか、気分がやけに高揚して自分の中の意識が拡大?――膨張?なににせよ妙に体が軽くなることがある。
感覚が研ぎ澄まされて、目や耳に入ってくる情報が押し寄せてくる水みたいに脳に流れ込んでくるが、自分でそれを抑え込むことができない。情報過多に吐くこともあった。体が自然に丸まって過呼吸になる。そのくせ意識だけはハッキリしているから眠ることもできない。
ひたすら耳をふさぎ目を閉じて、それが終わるのをじっと待つ。
二年経って齢16になった今でも自分のこの厄介な衝動は収まることはなかった。以前よりかは少し苦痛にも慣れてきてはいたものの、根幹的解決という意味合いにおいては毛ほどの糸口さえ見えなかった。体の成長にあわせて耐えられるようになったというだけだ。
悩み事を忌憚なく話すことのできる浄然や寺門さえ、この話題の時だけは「遥は高校生になってもまだ中二病を引きずっている」と冷やかしてくる。
浄然にいたっては「女の子の生理に比べたら、たった一日で終わるんだから楽勝じゃん」などと言ってくる始末だ。普段誰に対しても分け隔てのない人当たりをする彼女は常にその場の空気を読んだ発言をする。その反動なのか気を置かない人間に対しては言葉を選ばない。そんなことでいちいち迷うなよ、悩むなよ、平生、浄然の笑顔からはそんなメッセージが伝わってくる。
寺門だってそうだ。以前ローエングリンという名前を同級生にからかわれた時、突然間に割って入ってきて「他人様の名前をからかうんじゃねえよ。俺なんか防主なんて名前のおかげで髪の毛伸ばすことも出来ねえんだぞ?『お前防主のくせに坊主じゃないじゃん』っていわれるからなああ」と言ってその場を収めてくれた。
これまで二人にはどれほど救われてきたか知れない。
自分の名前にせよ月一の発作にせよ、こんな痛いところしかない境遇の自分に対して、二人の対応は実に破格だった。これが友人関係というものなのか――そう考えると、とてもこそばゆい。
しかし物事の暗転は突然起こる。それは直感が鋭ければ回避できるような局所的なものではない。
それはもっと極端で、驚くほどに規模が大きく、だからいつだって「不可避」なのだ。
二人との別れ際、三鷹市に久しく聞いたことのなかった空襲警報が鳴り響いた。




