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インターミッション それぞれの内部事情の、7

 デスクのノートPCからはまだ神宮寺と丸目がやりあっている声が続いている。時計は定時を三十分ばかり過ぎていた。


 「引き止めてすまなかったね。君たちももう帰隊してくれて構わないよ。こっちは、まだまだかかりそうだから」げんなりとしたか細い声で切鍔が言った。

 「トルーパーの件――その、本題は良いんですか?」このままだと何が本題であったのかわからないじゃないか、と柊の口からは今にもそう飛び出しそうだった。察した切鍔が少し配慮に欠けたなと悪びれた顔をする。


 「アタッチメントを換装することでカネザキ重工のトルーパーシリーズは能力を拡大させる」そう切鍔から聞かされたからこそ柊らは回り道を承知の上で都庁まで来たのだ。

 今回の港区の件だって柊に近接用の別装備があれば日流研のノーシェイプに美味しいところを持っていかれたりはしなかったはずだ――少なくとも柊はそう思っていた。任務を終了し、帰隊してすぐの報告書にも一連の顛末の中にそのことはきっちり記載した。


 自分に近接武器を扱う才能はない。この事実を自分の手で報告書にまとめるのが柊には苦痛だった。はたして隊のブレーンコンピューターはいつになったらそのことを理解してくれて、自分に適したトルーパーを配置してくれるのだろう。


 まさかコンピューターが壊れてるんじゃないだろうな、とかつてこぼしたことがあったが、他の隊の誰もまともに取り合ってはくれなかった。


 「すまなかったね。つい侵略軍の大型獣の件で頭がいっぱいになってしまっていて。陸曹が大型獣に触れた感想をじかに聞いておきたかった――本来こちらが()()()であったはずだったのにね」

 

 さて、では本題に入ろう、切鍔が机の引き出しからA4サイズの紙を束ねた厚めの資料を取り出した。


 「――これは?」


 「カネザキ重工から都に打診のあった資料だ。こちら側からこれを君たちに開示するのは筋違いとも思ったのだけれど、君のところのお偉いさんはいつも後手を踏む癖があるからね」失笑する切鍔。この言いようであるなら自衛隊の方にも同様の資料がすでに届いているのだろう。

 

 もしかすると()()の時代錯誤な陸将が素直に導入する内容ではないのかもしれなかった。几帳面な陸将のことだ。目を通していないといったことは考えにくい。

 

 君のところのお偉いさん――そう切鍔に揶揄される柊の上官は「服を体に合わせるんじゃない、体を服に合わせるんだ」が口癖だ。いまや絶滅危惧種ともいえる存在だが、自衛隊という特殊な環境下にあり、かつ治安不安定な現在にあっては多少緩和された待遇を受けている。

 自衛隊の人気が警察機構より低迷している背景には、こういった今どきじゃない人選が根強く上層部に跋扈しているからに他ならない。組織の偏ったふるいにかけられて、それに適応した人間がその偏りをどこまでも継承していくから、歪んだ環境は改善されることなく連綿と受け継がれていく。

 しかし反面、なんでもじゃあ赦すか、というと規律や規範が保てなくなり、危うさをはらんだ組織になりかねない。誰しも危険思想をはらんだ武装集団をあえて国防に充ててほしいなどとは思わない。

 ただ、太陽風増加によって電波障害が深刻になってからというもの国内の治安は悪化の一途を辿っているのは事実で、治安強化は国の必須事項だった。そこで人員(特に実働できる人材)増加を契機に拡大した莫大な事務作業処理を憂慮した国が問題を提起し、生まれたのが現在のブレーンコンピューターシステム、通称「I.P.U」である。

 I.P.Uは当初本当に簡易なアドバイスと勤務管理のみをおこなうシステムであったが、搭載された学習機能で次々と蓄積されていくデータを基に進化を続け、今ではトルーパーズの適性診断や体調管理までも一括でおこなえるほどに立場を拡大している。

 隊の中にはAIにして立身出世していくさまに、「当代の太閤(豊臣秀吉)」という者さえ現れるほどで、その仕事の正確さに恩恵を受けた者も多かった。かくいう柊も女子の口説き方や休日のドライブスポットをよくI.P.Uに相談していたし、久能や田辺も例外ではなかった。


 しかしそんなI.P.Uを手放しで歓迎しなかったのが今の上層部だ。ことに陸将は対立派の急先鋒でもある。


 「機械なら機械で出来ることだけをすればいい」という考え方は合理化を推進するI.P.Uの主旨とは正反対の「根性・我慢・縦割り」を軸とした旧体制であったため当然折り合いがつくはずもなく、後に上層部の幾人かがI.P.Uの有用性にはっきりと気づいたことがあったが「一度否定したものを改めて見直す」などという殊勝な人材は一人もおらず、誰もが口を塞いだまま終始した。


 彼らは「吐いた唾をのむな」であるとか「男が一度口にしたからには――」などという讒言を公共の場で露わにして、事あるごとに対立の構図をとっている。


 「そんなこと言ってる時点で認めてるって一点でしょうに」と駄洒落めいた言葉を久能が洩らすと田辺もよくそれについては同意の頷きを見せた。

 

 切鍔の提示した資料を柊を中心に久能と田辺がそれぞれ覗き込む。しばらく無言で読みふけった後柊が口を開いた。


 「後付けのアーマーシステムですか」


 主に近距離戦闘特化型アタックトルーパーの追加装備について資料はまとめられていた。アーマーを後付けすることで単騎で戦場に突貫可能な仕様が詳細にわたって書かれている。武装についても従来のナイフなどではなく、散弾銃やガトリング砲などを多く装甲側に装備させている。スラスターも拡張型を別添しているため、装備の重さも軽減されて機動力もさほど落ちないとされている。


 「まっすぐ進むだけなら従来のアタックトルーパーより数値は上ですね。興味深い」

 「これなら陸曹の戦闘スタイルに合うんじゃないかしら」田辺に続き久能も感心したように相槌を打つ。

 「旋回性能に難があるのと大きさが五割増しになる弱点はあるみたいだけどな」

 「そのための装甲なんでしょうね」


 「どうして上層部はこの件について情報を下ろさないんでしょうか?」単純な疑問だったが、そんな柊に切鍔は「さあ、それは――知らないよね」と視線を泳がせた。


 心当たりはあるが確信はない――そんな顔だった。

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