インターミッション それぞれの内部事情の、3
陶器が叩きつけられて爆ぜた。その甲高い破滅的な音に、有限会社ミンケイのボロ事務所が騒然とする。
就業定時がまもなくであったこともあり、薄いプレハブ装甲の事務所にはその時ミンケイのスタッフ全員が揃い踏みしていた。
騒音の原因が所長の神宮寺であることは明白だったが、これまで彼は都職員をおちょくることはあっても器物を損壊するような激高をみせることはなかった。そのことはミンケイ所属の誰もが知るところだ。
「切鍔さんが所長怒らせたの!?」と、口を開いたのは右京だ。にわかには信じらんないけど、と大きく見開いた両目がクリクリと動く。
そそっと通信用モニターを遠目に覗き込んできた太平洋が表情を苦らせた。
「あれは、丸目のババアのせいだね。目が合わないように見てきたけど、あのシルエットは間違いない」
「え?でも丸目さん今回関係なくない?」首を傾げる右京。
背後で飛び散った湯呑みの欠片を丁寧に左京が片付け始めている。魚へんで構成される漢字がびっしり書きつけられているお爺ちゃんお気に入りの湯呑みだ。
「関係なら、大アリさ」湯呑みの欠片をひとつ拾いながら口を開いたのは鳳皇だった。
「今回俺たちがカニの巨大獣を倒したろう?そしてすぐ次の日に港区で山羊だか羊だかの巨大獣が出て――」
ああ、あったな、と大地駆。
民間警備会社ミンケイには、巨大獣発生の翌日はメカニックを除く全員が休暇になるという独特のシステムが存在する。ミンケイバーはその機体の特殊性により、ひと度稼働させると稼働時間の長短にかかわらず必ずメンテナンスをおこなわなければならないという決まりがあった。
そのため、港区に巨大獣出現の報がされた折、ミンケイは終日休業になっていたのだ。
まあ仮に出動準備が整っていたとしても、その日の出動は無理だったであろう。
というのも、鳳はその日朝方まで酒を飲んでいたし、双子はラストサマーの1と2を続けて見てジェニファー・ラヴ・ヒューイットの胸に釘づけになっていた。
大地は気に入りのK-POPグループのダンスを遅くまで練習していたし、太平洋はひたすらトランプタワーを作っていた。
「これまで地球侵略軍が連日ちょっかいをかけてくることはなかった」
そう、だからこそミンケイは戦闘後の翌日は休業してきた。鳳は続ける。
「カニを倒した次の日に牛だか熊だかの巨大獣が出た。そのことが問題なのさ」
鳳がかいつまんでメンバーに内容を話した。
簡単に言えば敵を倒した金が折半になって取り分が減ったと伝えただけだったのだが。
「え?国、ケチくさくね?」
「国なんてそういうもんさ。出さなくてすむ金なら出さないように動く。仕事を転々とすればするほど、惨めになっていくのさ」大地に太平が暗い台詞を被せてくる。自称24とは到底思えない重みがその言葉にはあった。
「つまり、敵を倒したのにお金は全額もらえないってこと?」
右京の言葉に鳳が頷く。
そんなの困る!私、お金もらえる前提で服買っちゃったんだよ?
え?どんな服?
黒くって、薄くって、フリフリが入ってる丈の短いワンピ!
お高いんでしょう?
そりゃあもう、薬師池公園のたいこ橋から飛び込む思いで買ったの!
やりとりの区切りを見計らって「まあとにかくだ」と、鳳は息をついた。
「これからは連戦も視野に月のシフトを組んでいかなきゃならないってことだ」
来月のシフト組み担当が自分であると知っていたから、鳳はなおさらげんなりとした気分を隠せなかった。月18万9千円で年間89日しか休みのない仕事は今どきブラックなんじゃないのか?
太平洋の唱えるリスクも承知のうえで、本気で転職を考えたくなる。




