インターミッション それぞれの内部事情の、2
「お話の途中嘴挟んで申し訳ないんですがねぇ」
ねばりつく滋味深い女性の声が、切鍔競主任と神宮寺時宗のやりとりに割り込んできた。
その声に神宮寺時宗の表情がひきつる。
「こ、このクソ婆あ、いつから居やがった」
「最初からだよこのバカヤロウ。わざと静かにしてやってたのにいい加減にしやがれド畜生が」
モニターに白髪を束ね丸眼鏡をかけた女性が映し出されている。
「こっちの条件が良かったからてめえがどう出てくるかと黙って聞いてたが、いや情けないねぇ。昔のまんましみったれたクソ爺継続中とはね」モニターごしの忍び笑いがこちらにじわじわと滲んでくる。
「丸目所長……」切鍔がまた面倒が増えた、そんな表情をした。話がまとまるまで黙っていてほしいと念を押していたにもかかわらず、まあ耐えきれなかったのだろう。
壁掛けの時計を見る。時刻は午後3時20分を少しばかり過ぎたところだ。切鍔は、今日これからすでに残業になることを観念した。残務整理で片付けられるには案件が非常すぎる。
ほぼ無意識に、切鍔は手元のPCで残業申請に必要な書類の作成を始めていた。
丸目長恵。日本流体力学研究所の現所長――つまるところ、ノーシェイプを管理する機関の最高責任者である。今のところ日本における「対地球侵略軍の三大勢力」の一角を担っている。その知識と辣腕、誰かれかまわぬ傍若無人な物言いで、庁内では「女猪武者」としてその名を馳せていた。
歴代の総理でさえ、彼女への権限を切鍔らに一任するほど、その影響力は強い。彼女の正論は政治家の色が黒に近ければ近いほど痛烈に響くのだ。
彼女は言う。
「女が政権のすべてを握ってたら戦争なんて面倒なこと一切しないんだよ。男だけさ、面子がなんや体面がどうだとか抜かしくさって物事をすぅぐごちゃごちゃにしやがるのはさ。面倒くさかったらあたしに政権およこしよ?あんたよりもずっと上手に世の中回してあげるからさぁ」
「――さてと」
沈黙の後、口を開いたのは丸目だった。
というよりか、ここまでのやりとりを全て聞かれた以上、神宮寺時宗は後手を選択するよりなかったのだが。
「――次郎よう。取り分が気に入らなきゃ放棄するってでもあるんだぜぇ?」
次郎――丸目は神宮寺時宗をPC越しに睨みつけた。
あたしも不本意なんだがやむなしだ。文句を言ったところでそう決まってるんだ。決まりごとなんだよ。
当然、神宮寺がこんな申し出を受けないことをわかったうえでの丸目の挑発だ。さらに続ける。
「それになんだい?あんたんとこの巨大ロボ。図体ばっかりデカくって燃費悪くないのかい、なんでも力技でぶっ壊せばいいってもんじゃないだろう?あんたんとこに任せてたらそのうち日本全土が更地になっちまうよ」
これには神宮寺もいきり立った。生え際のずいぶん後退した額に青筋が浮かぶ。
「なにを!?お前のとこの糞転がしボールなぞ体当たり以外てんで役に立たないらしいじゃないか。聞いたぞ?自衛隊の玩具どもに助けられてようやくようやく勝ちを拾ったらしいじゃないか!」
「なにおぅ!」
年寄り達の水かけ論が隙なく続く。合いの手も遮りも一切赦さない侃侃諤諤の状況に、切鍔がもうどうしようもないと悟ったのか、頭を抱えて大きく項垂れた。




