閑話休題の、1
西暦2020年ごろの人類が宇宙へとその居住を求めたことは歴史上有名なことである。
「各地の気候変動により地球環境が悪化していくのを見るに堪えなかった」と旅立ちの際、第一次移民旅団艦長カルマラビーは明言したが、なんのことはない、彼らは居住可能な星を秘密裡に発見したうえで「ゴミ溜めにいつまでもいるつもりはない、汚れた世界など捨ててしまって新しいまっさらな環境で快適に過ごそうじゃないか」そんなノリで故郷を捨てたのだ。事実、第一次移民船団に乗船したのは一部の富裕層と身体的資質に優れたものばかりが選出された。
「未来のために必要な人材を適正な判断基準に照らして選出した」と謳ってこそいるが、入手した(当時非公開であった)名簿の中には齢90を超えるかつての名士や財閥系の人間が相当数含まれており、鑑みて、その船団がおおよそ「未来を担う希望の船」などではなく、ノアの箱舟を気取った避難船であったことがうかがえる。そのことは船団が旅立ってしばらくたった後に乗員名簿が公表されたことでも明らかだ。地球を脱出した後で「乗員は彼らでした」と示したのは出発時の無用な混乱を避けるためなどではなく、「人選がいかに偏狭なものであったか」について、追及を逃れるための詭弁であったと言わざるをえない。
私から言わせれば、彼らは「機知長けたネズミ」にほかならず、その抜群の嗅覚によって地球という船に見切りをつけた逃亡者であると思うのだ。
歴史評論家 ヨン・ネンリー
どれほど読みつけたのか年季の入った本を、佐藤左京は深く息をついて、閉じた。
それを眺めて姉の佐藤右京も妹とは異なる息を吐く。
「あんたその本好きだよね。もう何回読んだ?」
「覚えてないよそんなの」左京の声は右京の10分の1ほどだ。生まれ落ちた際に声帯のほとんどを姉に持って行かれたのかと疑いたくなる。
東京都町田市ミンケイバー本部事業所。
外では相変わらず砂多めの風がごうごうと吹いている。太陽風の影響で地表がこんなにもカラカラになっているのだとは聞いている。しかし彼女たちにしてみれば、生まれてこの方いつもこんな感じだったという記憶しかない。
風で薄いプレハブ造りの壁と屋根がギシィギシィといやな悲鳴を上げ、砂粒が当たるパタパタという音が続く。
そういえばこの一週間青天の空を見ていない。洗濯物は外には干せないからずっとこのぼろ事務所の隅に紐をかけて吊るしていた。男連中の服ならまだしもうら若い自分たちの服をこの中に混ぜて干す気にはなれない。事業所に併設された家屋は軒先以外どこも日当たりがあまり良くないので正直困ってしまう。
せめて晴れの日が一日でもあればと願うのだが。
今日もまたサイレンが鳴る。
鳳、大地、大平が事務所のドアを開けて入ってきた。ついでお爺ちゃんと右京。
「ミンケイバー、発進スタンバれ!」
了解!
「行くよ左京!今日もバイトだ財布が熱いぜぇ!」
「バイトじゃないよ、地球平和だよ」
「そんなのあれだ、え~いつもアンタが言ってるアレ!」
「後の判断は後世の歴史家にまかせておけばいい?」
それそれ!と右京が頷く。左京はあえて否定はしなかったが、心の中では「右京ちゃんそれ使い方間違ってるよ」と小さく笑っていた。




