ライトスタッフ・ミスキャスティング、の4
ええ、ええ。つまり、そういうことです。
自衛官、柊陸曹が眉間のシワを一層濃くして手元の通信機でやりとりをしている。通信が終わりそうでいっこうに進展がないのは、先刻田辺2士が本部に入電した「大型獣の軽損害回収」の報の直後に「大型獣の消滅」という正反対の一報が柊陸曹の口からなされたからである。
「これきっと大目玉じゃないか?」顔色を少し青くして、田辺2士が久能1士にひそひそと耳打ちをしている。
当然、地獄耳のマレにもそのけしからん会話が耳に入ってきた。
「あんたこれ、責任問題だからな?私が苦労してほとんど無傷で手に入れた獲物を、あんたんとこのそう、そこの目つき悪い角刈りが触った途端に爆発したんだ。あんたたち二人だって見ていただろう?」
田辺が苦い表情をするその隣りで久能がしれっと横を向く。
「どうだったかしら?私はそのあたりよく見ていなかったから」
一連の様子は当然各々の機体に搭載されたカメラで確認すれば一目瞭然なのだが、あえてそのことをわかったうえで久能は言った。
「ああ!?カメラ見れば一発だろうが」語気を荒げ、久能の胸ぐらを掴むマレ。口調に本性が滲んでいる。その手を久能は慣れた手つきで払いのけた。
「それがわかってるんなら、いちいち吠えんな。大型獣が消滅した現実は変わんないんだからさ」
マレが黙った。なぐさめるように田辺がマレに近づく。
「国からのお金は規定通り支払いになると思いますのでご安心ください。もちろんその際はそちらのマシンのカメラ映像を提供いただくことになるとは思いますが」
マレのパイロットスーツの胸元がはだけていて、田辺の視線が向いているのがわかった。
「保、念のために言っておくけど、そいつ、男だからな?」
へ?と久能の方へ視線を切る田辺。
ちっ!と、マレが胸元のジップを上げる。
え?え?と、いまだ状況が読めずにいる田辺。
そこにようやく通信を終えた柊が合流した。苦虫をかみつぶしたまま石膏にされた――そんな顔をしている。
「保、お前が先走った報告したおかげでえらい目に遭ったぜ」
「報連相は職場の基本じゃまい……でしょうか」田辺からは特に悪びれる感じはしない。あきらかに今、じゃまいか?、と口にしようとした気配があった。
「――まあそういうわけで、あんたにも迷惑かけたな」
柊の言葉にマレが小さく、いや、と呟いた。金が入るとわかった以上正直どうでもよかった。確かに大型獣の秘密を暴くきっかけを失ったことは残念であったが、それは、それだ。
「なあ、答えにくければ答えなくてもいいんだけどさ、これまで大型獣の残骸がまるっきり残んなかったってのはさ、そういうもんだからってことじゃないのか?」
これまでも無人偵察円盤については多少なり破片が確認されてきている。いくらミンケイバーの火力が鬼でも跡形もなしになにもかも無くなってしまう、というのはどうにも合点がいかない。ミンケイバーでさえ、円盤を完全消滅させてばかりではないと聞いている。
「なんだよ。俺をなぐさめてくれてんのか?」と柊。
は?とマレ。久能の方へ視線をやって「こいつ馬鹿だろ?」と笑う。
「苦労はさせられてる、大抵」
だろうね、と言ってマレは踵を返した。ノーシェイプのナノコーティングはとっくに液状化していて地面をしっとりと濡らしていた。球体の白いコクピットに乗り込むと、三人の自衛官たちに別れを告げる。
「さて、八丈島までどんだけかかるんだこれ」
スラスターをふかして宙に浮く。
小笠原ミルがおおよその到着時間を告げてきた。
その時間を聞いてマレは溜息を洩らす。
「オートパイロットにして寝て帰るわ。当然残業手当、付くんでしょうね」
コクピット内をナイトモードにして座席を倒す。ナノコーティングを解いた時点でコクピット内を満たしていた液体もなくなっていた。
なんか、便利なんだか不便なんだか、わかりゃしない――。
そんなことを考えている間に、マレはいつしか眠りについていた。




