ライトスタッフ・ミスキャスティング、の3
地球侵略軍の大型獣が芝浦公園に寝そべる形で臥していた。あらためてその真っ黒な姿を眺める。黒光りして艶と光沢のあるボディーは、その素材が一体なんであるのかパッと見想像がつかない。
「やっぱり宇宙人の機械はよくわからんな」切り出したのは柊陸曹だ。コクピット部分を派手に壊された割に、本人に怪我らしい怪我は見当たらない。短く刈り上げた頭をコリコリと掻いている。
「ちょお!人の戦利品に勝手に触るな!寄るな!」もっと近くで大型獣を見ようと歩み寄る自衛官三名を、ノーシェイプから降りたマレが両手を広げて立ちはだかる。
「減るもんじゃなし、それに結局コレを持ち帰るのは我々になるんだぞ?」柊がムッとした顔をした。ただでさえつり目気味の三白眼なので、柊のその顔は大抵の人間からして敵意ととられがちだ。事実、マレはそう捉えていた。
「減る!お前はそういう顔をしている!」
「何い!?」
剣呑になりかけた雰囲気に、田辺2士が「まあまあ落ち着いて」と割って入る。
「見物料、払いますよ。それでどうです?」
田辺の柔らかな物腰にマレは一瞬敵意を解く。
「‥‥いいだろう。一人頭千円だ」
田辺が財布をのぞき込み、マレに向かってにこりと笑う。
「団体割りでお願いします」
「一切まからん」
毅然としたマレに、渋々と田辺が財布を開く。三千円を支払うと田辺の財布から札が一枚も無くなった。
「安心しろ。いつか、出世払いで、返す!」これまで一度もそれを実行したことのない柊陸曹が豪快に笑う。
「まあ、些事はさておきよ?大型獣がほとんど無傷で手に入ったのは喜ぶべきことよ」と、久能。
「些事?久能さんもちゃんと返してくださいよ?一時的に僕が、あくまでも立て替えただけなんですから、ね!?」田辺は必死だが、久能は視線をあらぬ方へと切って素知らぬフリをした。
これまでも大型獣は何体か確認されてはいた。しかしどの場合も捕獲までは至らず、撤退されるか、はたまたミンケイバーによって塵の域まで破壊されてしまうかだった。
そう言った意味で、今回のようにほぼ無傷で敵機を回収できたことは快挙と言えた。
「これで少しは敵のこともわかるはずだ」と、柊。マレが田辺から金を受け取るのを確認したあと、巨大獣のボディーに右手で触れた。
柊の手のひらごしに、微かに振動があった。それは泡風呂の表面に手を置いた感覚に近く、力強いボコボコという振動が間断なく手のひらを押してくる。
徐々に振動は強くなり、ややもすると、近くに居合わせた全員が思わず振り返るほど音は大きく、振動も早くなってきていた。
まさか、爆発するのか!?
そんな不安がその場に居合わせた全員によぎる。
大型獣から手を離し、柊が「逃げろ」と叫ぶ。
巨大獣の体がやにわに波打ったかと思うや、ボン!と爆ぜた。十数mはあった黒い塊は、音とともに雲散霧消した。
「お前、なにやってくれたんだ!」猛然と柊につかみかかるマレ。無理もない、今の今までここにあったものが、一瞬であたかも夢であったかのように消えてしまったのだから。
無人偵察円盤の破片はまだ散らばっていた。しかし、問題の大型獣は悪魔の霧よろしく黒い塵と変わってしまった。
これまで謎に包まれていた地球侵略軍の未知の部分にグッと近づけたーーそう思えた直後の一瞬の出来事だった。
マレが力なく膝をついた。
「私の、金ヅルがあぁぁぁ!」
悲痛な叫びが芝浦公園に響き渡った。




