髪を擦るの、8
「甘ったれんじゃないよ。ったく。あんただけが苦労してきたわけじゃないんだっつうの」左京が完全に無力化したのを見届けてのち、右京は武道の型をおこなって息を鎮めた。
右京が巨人化したロウの掌の上ですっくと立ち、こちらを見上げる。
「アラタ。あんたには余計なもん見せて悪かったね。左京は普段おとなしいぶん、溜めこむものも人一倍多くてさ。たまあにこんな感じで暴発するんだわ」
右京は、ふん、と短く息を吐いて困った表情をした。
「これが初めてではないんですね」
「それだけこの世界に不満があるのさ」
「わかる気は、します。僕も今のこの状況、正直どうしていいのかわからないですし」
「今度あたしが空手の呼吸法教えてやるよ。これが存外馬鹿にしたものじゃない」
――是非。小さく頷く。ロウには右京の言葉遣いがいつもより少しばかり乱暴であるように感じた。推測でしかないが彼女たちにもそれぞれ思うところがあって、それでもどうにか感情を押さえているのかもしれない。であるなら、ロウはそこは積極的に見習うべきところだと、素直に思った。
「左京さん、思い切りぶっちゃったみたいなんですが、大丈夫なんですか?」
「なんてことない。起きたらケロッとしてるわよ」右京の言葉には「そうなるようしっかり手加減した」という含みがある。
「左京ね、今の仕事が好きじゃないのよ。それ言ったらあたしもそうなんだけど。左京はあたしよりずっと繊細だからさ。街が壊れるのなんか見たくないし、まして自分が壊す側にいるっていうのも――どっか赦せてないんだと思う」
「博士は、そのあたり、知ってるんですか?」
「どうだか」いささかしゃべりすぎた――そんなひどくバツの悪そうな顔を、右京はしてみせる。
言いたくても言えない。彼女の横顔がそう物語っていた。
ロウは、飲み込んだ。
自分がそうであったように、左京も、右京も、多分博士やミンケイバーの皆も――遥迅速でさえもそういったことのひとつやふたつやみっつやよっつくらい平気で抱えているはずなのだ。
「それでも――たぶん誰も、そういうのって墓まで持っていけるほど人間出来てないんだと思うのよ」
右京の言葉に反応したわけではないのだろう。それでもそのタイミングでスルスルとロウの巨人化が収縮していった。全体的にまんべんなく縮んでいく。ロウを覆っていた巨人の金色と黒の混じった成分が地面に吸い込まれていく。
「これは、月の力じゃないのか?」
地面に力が溶けていく感覚があった。鳳輦やヤック、タガメから得たはずの黒い霧の成分は、ロウの身体を通してあきらかに足下の地面へと流れ込んでいく。
異星人のもたらしたはずの力が自分を介して地球へと吸収されていく。
「――では、この力はいったいなんだっていうんだ?」
ロウは短く、呻いた。
巨人化が収まるとロウと右京、それに右京に抱えられた左京が、これまでのことがまるで幻かなにかであったかのように三人、顔を突き合わせて地面に足をつけて立っていた。
それはまさに白昼夢でも見せられている、そんな感覚だった。




