髪を擦るの、6
戦いは終わった。ひどくバタバタしたとはいえ、結局のところ、勝ったのだ。
本来であれば、素直に喜ぶべきところだろう。
ロウの背後で靴を履いていないミンケイバーが勝利のポーズを決めている――そんな気配があった。
金色だったはずの巨人の姿はもう完全に黒と混じっていて、いまや致命的なシミか、或いははじめからあった模様のように身体に張りついていて、これから先の未来、抜ける気配を感じさせないでいる。
ロウはと言えば、まったく力の入らない自身の身体を持て余していた。手を上げようとすれば上げることくらいはできるだろうが、動かすだけの気力はもう欠片も残ってはいない。これから起こるかもしれない森羅万象のすべてが、今のロウにはどうでもよくなってしまっていた。
――これが捨て鉢ってやつか。
自嘲する。
うまくいかないことが続いたとき、遥迅速がいつも口にしていた言葉だった。投げやりよろしく吐き捨てる彼のあの軽口ももはや聞くことはできないのだ。
いつもどこか軽薄だった。自分は色々なものを諦めてきたんだぞということを背中で語っている生き方が好きではなかった。いい年をして伸ばしっぱなしにした髪の毛をひとつに縛って無精な髭を恥ずかしいとも思わない斜に構えた姿が瞼の裏に浮かぶ。金が入るとすぐにタバコと酒に代えて、「今日は大漁だ」と笑う細面にはいつも苦労が垣間見えた。
口論になってもキョトンとしている目が好きじゃなかった。への字にした口角がいつも他人を馬鹿にしているように見えて嫌いだった。
「俺に任せておけ!」と言ってうまくいった試しもなかった。
思い返すたびに遥迅速のダメなところだけが思いつく。
しかしそれらはすべて、もう、過去だ。過去になったのではなく、自分で過去にしたのだ。
僕は、非情だ――。
取り返しのつかなくなったこの現実を無理矢理前向きに肯定しようとしている自分がいる。いくら理詰めで整理してもそれが歪である事実は揺るがない。
ずっと前から気に入らなかった、そもそも好きじゃなかった、胡散臭い、裏切られた――許せない。
遥迅速に対してロウの思いつくかぎりの罵倒讒言は、結局のところそんなありきたりでつまらない言葉の羅列でしかなかった。
非情だとかなんだとか格好をつけて言ってみても、それら考えつくかぎりの言葉の――文字の――なんと何と重みのないことか。
「そんな僕が――人を殺してしまった。良いわけないだろう――こんなの!」
ただでさえボロボロの理屈で固めた言い訳だ。ハナから正しいとなんて思ってもいない。自分で積み上げた雑な砂の城を、ロウは自分で崩していく。
うなだれたマーブル模様の巨人の足元からピンと張りつめた声が響いた。声は何度か同じ内容を繰り返している。
巨人になったロウが、それにようやく気付いて視線を眼下に落とす。
そこには双子の――片割れがいた。
よくやった――!
ロウの耳に、ハッキリとそう届いた。
聞き間違えでは――多分、ない。




