髪を擦るの、5
吐いているという実感より、罪悪感の方が強くロウの心を支配していた。父親と呼んでいたものを自身の拳で消去した感覚がまだうっすらと残っている。
「あなたは――ルナチュリってわけでもなかったんだろうにッ!」
さっきまでそんな言葉をロウは知らなかった。
月に拠点を敷いた異星人――鳳輦とともに訪れた来訪者たち。それを彼らは自分たちの言葉でルナリアンと呼んだ。
そして長い歴史の中、月から地球へと降りて無事に移住し、定住を果たしたルナリアンたちを、彼らは『ルナチュリアン』と名付けた。
依然として燻ぶる灰色の煙に紛れて、細かく黒い粒子が巨人化したロウの身体めがけて集まってきていた。粒がひとつ体内に入るたびに鳳輦の記憶と思しきものがひとつ、またひとつと蓄えられていくのがわかった。それらはいつしかつながって集まり、ひとかけずつパーツになったかと思うと、断片的に映像や音としてロウの脳内に流し込んできた。断片的な情報は時系列に関係なくパーツが揃うたびに再生される仕組みのようで、なまじっか歴史が長いぶんロウの中で順逆を揃えることは難しかった。ただ順番はどうあれ理解できたことは多く、とりわけルナリアンの拠点が月の裏側にまだあって、それとは別にすでに多くのルナリアンが地球に定住しているという事実はロウに強い衝撃を与えた。
クラクラする頭を強く振って、ロウはどうにか立ち上がる。罪悪感と情報の過剰摂取による吐き気をぐっとこらえる。
ロウに飛び込んできた情報の中に遥迅速のものもあった。情報が正しいのだとすれば、遥迅速――彼は紛れもなくただの地球人だった。地球での協力者、という認識の下で彼は仕事を得ていた。
どうして彼が――遥迅速がルナリアンないしルナチュリアンと接触を持ったのかは現時点ではわからない。タガメに搭乗していた経緯も不明だ。
ただこれだけはわかる。自分がこれから先も巨人として戦い続けたとしたなら、彼らの放つ黒い霧を吸い込めば吸い込むほどに、事はあきらかになっていく。
それは恐らく自分の、自分自身のルーツを巡るために必要なことだ。
こうやって霧を吸い込むことができる以上、自分も完全な地球人ではないのだろう。かつてあれほど特別でありたいと願ったはずの自分自身を今は疎ましくさえ思う。
やるべきことはわかった。方法も示された。
しかしそれはロウの望む未来とはおよそかけ離れたものだ。勝手な話だが、こうなると何も悩まずにいられたころの平穏がひどく恋しくなる。
目を閉じても先がまったく見えない。進んでいいのかどうかさえ、正直おぼつかない自分がいる。
「こんなんなって、いったいこの先、僕はどうすればいいんだ」
か細く絞り出した声は巨人の体躯から発せられているものとは到底思えないほどに弱々しかった。




