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髪を擦るの、4

 目の前で目まぐるしく変化していく状況をまったく整理できずに茫としていたのは、事情をまったく知らされていなかったミンケイバー搭乗組の男どもであった。鳳にいたってはミンケイバーの足からロウが金色の巨人になって出ていったとき、『ミンケイバーから巨人が生えた』と思ったくらいだ。

 そもそも彼らはロウ=月影アラタという事実を聞いていないのだから、ミンケイボディーに搭乗している双子がロウやらアラタやら混在している体で会話を繋げている時点で困惑がピークに達していた。

 「ロウって誰だ?アラタはそして落ちていって無事なのか!?でもって足から生えた巨人はまたあのはた迷惑な博士の新発明かなにかなのかッ!」まとまらない頭を必死で掻くが、軍手をつけた指は滑るばかりで苛立ちをただ増やすだけの結果となっていた。

 「落ちつけリーダー。俺の読みからするなら俺があいつであいつが俺なんだッ!」飽くまで真剣な表情で大地駆が熱弁をふるうが、いまひとつ的外れなその言動で場がさらに混迷の度合いを深めていく。

 自称28歳の老け顔、太平洋だけは状況を静かに理解しようとしていた。しかし、高い実年齢の弊害は少なからず彼の思考を阻害してきたため、やがて彼も難しく考えることを放棄してしまう。

 「まあ要するにアラタ君がその、ロウって子なんでしょう」どうにか正解を口に出すことができたから他の二人はこぞって「ああそうなんだ」と自分自身を納得させていた。

 「これだから筋肉馬鹿はイヤなのよ!」そう吐き捨てる右京に、

 「右京がロウ君をアラタアラタ呼ぶからこうなってるのだって、少しは自覚しなさいよ」と頬を膨らませた。まあ、『月影アラタ』の方が君は好きだったのでしょうけどね――。ムッとした顔を見せる右京を左京が横目で眺める。

 「私は断然()()派だけどね」

 「なんて!?左京!」

 「なんでもないよ。そんなことよりロウ君すっごい吐いてるけど――あれ大丈夫?」

 「吐いたのも金色とか綺麗すぎでしょ!」

 「いやあれ単純に吐瀉物だからね?」

 「芸能人は吐かないんだよッ!」 

 「いや彼、芸能人じゃないから」

 二人のどうしようもなくなりつつあった会話を遮ったのは、鳳だった。

 「双子ッ!状況がまだよく飲み込めない。知っているなら教えてくれ。一体全体どうなってんだこれ!?」

 「――そっからかよッ!」

 「いや、あいつが俺で俺があいつだってことまでは、わかった!」

 「それがもうすでにわかってないって言うんだろうがぁ!」

 「右京そのへんでやめて。馬鹿が伝播する」

 鳳と右京のやりとりをぴしゃりと左京が止めた。普段まったくと言っていいほどに自己主張をしない左京が口数多くさらに語気強めであるのを見るのは、右京にとってそう多くないことだった。最後に左京がこんな覚醒っぷりを見せたのは、次に家でお迎えするペットを犬にするか猫にするかという家族会議以来だ。それゆえ右京は黙った。こうなってしまった左京は棘のついたラグビーボールに等しいと理解しているからだ。武道一般を軒並み極めている右京だからこその鮮やかな引き際である。

 こうなった左京は()()()()()()()。それをよく知っているからこその沈黙だ。

 左京が口を開いた。

 「ロウ君を助けましょう。それはきっと私たちにしかできないことです」

 両手を胸の前で組んで祈るように俯く左京を見て、右京は過去に起こった悲劇を思いだした。

 あのとき犬を飼おうといった自分の意見をはねのけて、左京の推し猫を飼うことになったあの忌まわしき過去を。

 普段おとなしくしているやつの方が実は凶悪な本性を持ち合わせているのだ。

 人は、流れに乗ればいい――誰が言ったのか知らんがいいセリフだなと思って右京が心にとめておいた言葉だ。しかしそれでは世界は変わらないし、なにより諦めることになる。

 右京もまだこの段階でアラタを諦めてはいない。気がついたのだ。


 あたしは彼をきっと好きなのだ、と。


 じゃあやっぱ退けないじゃん。右京は口を真一文字に結んだ。


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