巨人の再来の、18
空気中にかすかに漂う黒い霧を、ロウは肺一杯に吸い込んだ。ミンケイボディーでヤックとサシで対峙した時から、ロウは霧の存在に気づいていた。巨大獣と相対したときほど多くは舞っていなかったから、こうして今、外気に触れてようやく実感できた。どうしてこの霧で自分が巨大化するのか、その理屈はいまでもよくわからないことだった。しかしこうして霧を吸い込むことで身体にあの時と同じ感覚が湧きあがってきている。
ヤックとタガメが巨大獣や鳳輦らと同じ黒い霧を吐く以上、どこかしらでやつらは繋がっている。そしてこうして霧を吸うことで巨大化する自分もまた、おそらくは彼らとなにかしらで関係しているのだろう。思い当たる節はまるでないが、その手がかりは今、目の前にある。
霧が、ちょうどロウの中心で大きく脈を打った。
黒い霧の量は巨大獣の出すものとは比すべきもないほど微々たるものであった。それでも今まさにこの霧を吸ってロウの身体にはめきめきと骨格が音を立てるほどの膂力を手に入れようとしている。みるみる足元の地面が遠のいていく。高速で動く透明なエレベーターで高層ビルの最上階までノンストップで運ばれているような気分だ。
タガメを眼下に見下ろすところにまで一気に巨大化する。
大きさはタガメのほぼ倍といったところか。
血管の一本一本にいたるまで身体に力が漲っていく。少ないはずの霧でも充分が過ぎる。
「――ウ!おぉおおぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
「光の巨人――やはりお前が、そうだったんだな!」声がロウの感覚の鋭くなった耳に届き、動きを止めた。聞き覚えのある声――忘れようもない。
「――!遥――迅速ッ!」父と呼んでいた男の声だ。間違えるはずもない。
「あなたはッ!やっぱり運送屋なんかじゃなかった!」
「運送屋などと言ったことは一度もなかったと思うがなぁぁ!」
ロウは己の指の先にまで自身で御すことができる力が満ちるのを確かめた後で、声の方角――タガメに対して戦う姿勢をとってみせた。
「あの時の巨人と同じとは思えないほど小さいじゃないか、力が足りていないんじゃないのか」
迅速の言葉に応えるかわりにロウは軽く地面を蹴った。身長にして30mといったところだろう、巨人の身体がやや地上から浮いた空中を――跳ねた。
そのまま軽く引いた右拳でタガメを打ち抜く。
「――!!!?」
月めくりのカレンダーを破り、力まかせにくしゃりと潰すときに出る幾分湿り気を含んだ小気味よい音が響いた。かと思った瞬間、堅固を誇る黒く艶のあったタガメの表面装甲が大きく窪む。オートであったのかタガメが後方に素早く跳ばなければ、接地していた脚部と胴体は今頃無残にわかれていたことだろう。
手加減は――じゅうぶんにしたはずだろう?
ロウは握った拳を開いて、タガメとのパワー差をあらためて確認しなければならなかった。
力が、枯れることなく体の中心から放射状に広がり続けている。ロウの意思とは無関係に力強い脈が体の中を循環して「戦え」と促してくる。
「――圧倒的が、すぎる」
ロウは戦慄した。これはまごうことなき『力』だ。ミンケイバーに搭乗して戦ってきたからわかる。この力ならたとえ無手であってもミンケイバーと渡り合えると。
熱く滾る身体とは裏腹に、ロウの思考は冷たくなっていく。まだまだ自分の知らない力がこの光をまとった身体に秘められていて、脈動が、隙あらばそれを披露したいのだと脳に信号を送ってきている。
「その力を――寄越せ」
すでに不格好にひしゃげた黒い塊が、ぎぃぎぃと甲高く耳に障る音を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくるのが見えた。遥迅速の声で、ロウは、我にかえった。




