巨人再来の、8
低姿勢で動き回るヤックに似た敵機は、地面を我が物顔で這いまわる黒い虫に見えた。それ――は相手に届かないことが理解できていないのか長い鎌のような腕を間断なく振り回している。行為が無駄でないのならその一連の動き自体で自身のゼンマイを巻いて動いているのかもしれない。
鳳のケイバージェットが現在の的になっていた。黒い機体の背中の先にあるずんぐりとした頭部がぶれる様子はない。ヤックが武者であるならこの二号機は丸いヘルメットを被った歩兵といったところか。
ケイバージェットは戦闘開始直後から安全な高度を保って堅実な攻撃を繰り返していた。しかし傍目から見てそれらのどの攻撃も決定打には程遠く、放たれたバルカンの一斉射でさえ敵の繰り出す鎌は的確に切り払っていて被弾の効果は皆無に見えた。
「あいつからしたら豆粒みたいなものだっていうのかよ!」
鳳は何度かの旋回を空中で繰り返したのち自分の攻撃がまったくの無意味であると悟ると、舌打ちをして機体を北側に向けた。つられて黒い敵機が後を追う格好になる。
「リーダーがうまく誘導してくれた」
敵機が遠のいていくのを確認して、ロウはすかさず近くに来た大地のイカロスと合身シークエンスに入る。ひどく高い軋みの音を上げてイカロスとミンケイボディーが繋がる。
「ずいぶんボロボロにされたじゃねえかアラタ」
合身したことで通信がスムーズになった。スピーカー越しに届く大地の声がロウにはひどく懐かしいものに思えた。
「それでもあたしたちだけでヤックは倒したのよ?」
「なんだ!?右京?なんでお前ケイバーボディーに乗ってるんだよ」
「右京だけじゃないよ」
「――左京もか?――なんで」
「やられたのよ、ヤックにね」
「正確にはミンケイランサーに、ね」
「――まったく状況がわかんないが、靴とは合身出来ないってことでいいのか?」
「ガラスの靴は王子に捧げてきたの」
「――そういうの今はいいから。さっさとおっちゃんと合身するぞ。こっちも手持ち武器が少ないんだ。博士がケチったせいでな」
「うちのお爺ちゃん地球にやさしいんだって」
「そういうのも今はいいから!」
鳳の巧みな誘導のおかげで、無事ロウたちは太平洋のケイバ―足と合身することができた。
煙こそ出ていたものの足の損傷は思ったよりも軽微で、搭乗していた太平洋も話を聞く限りではピンピンしていた。
太平洋は合身もせずに強敵と目されるヤックを仕留めたロウたちを勇者であるかのように褒め、そしてこれ以上ないほどに称えた。
「しかもトドメが『ミンケイ轢き逃げクラッシュ』って!君はもはや神なのかい!?」
右京がここぞとばかりに盛った話はもはや冗談を軽く通り越して笑えないところまで突き進んでしまっていた。
「早く鳳さんと合流しなきゃ」
「そうだよ。いくら面白いからってロウ君いじってる場合じゃないでしょう?」
左京が救いの言葉を差し入れてくれるが、今度はそれで場は混迷を迎えてしまう。
「――ロウって、誰?」
「後から全部、ちゃんと説明しますから」
面倒はこの際全部過去にうっちゃってしまうよりない――月影アラタ改め、遥ローエングリンは、これから先は決して嘘と悪事は働くまい――そう心に誓った。