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ノーシェイプ、あるいはシェイプレスの事情、の11

 目の前のロバ野郎(大型獣)は、あきらかにこれまでより動きを緩慢にしていた。その理由を察して、マレは唇を噛んだ。

 「舐めやがって!」

 公園はそう大きくない。背後にはビルがある。おそらくはかつて病院だった建物であろう。頑健な佇まいは太陽風の被害があった後も凛としてその姿を保っている。

 マレはノーシェイプのブースターをふかして再度宙へ機体を浮かした。

 再び球体を形成するナノコーティング。緩慢な動き。子供の手を離れた風船の初動のような不安定を、目の前の大型獣は見逃さなかった。突進してきた。

 迂闊。

 相手が完全にこの機を狙っていたことにようやく気づく。 ボディー前面だけをピンポイントで硬化する時間はある。しかし、先程以上のダメージを受けるのは容易に想像ができた。

 「もっと動いてよ!」

 このままじゃただの的だろうが。必死な叫びも虚しく、スラスターは期待以上の出力を見せてはくれない。

 防御に加えて回避も同時におこなったことで機体がやや斜め構えになった。大型獣(ロバ)の体当たりが硬化した装甲の隙に潜り込む形になった。

 直撃する。そう観念した刹那、目の前で火花が散り大型獣の挙動が逸れた。

 「ーー?!」

 ダオがモニターの向こうでなにか叫んだ回線に、「民間機は退がれ!」と突如初めて聴く男の声が割り込んできた。

 レーダーとモニターに複数の機影が映る。

 周囲のビルに同化するように、人型二足歩行のロボットが見えた。

 2、いや、3体か?

  混み入ったビル群を縫って動くその部隊の動きは実に洗練されていた。組織戦を徹底的に叩き込まれただろう挙動には一切の無駄がなく、マレは自分とのあまりの差に臍を噛むより術を見出せなかった。

 銃線が大型獣とノーシェイプの間に割って入る。おかげでノーシェイプは公園の端、安全圏へ機体をスライドさせることができた。

 「久能1士、田辺2士は、そのまま巨大獣の動きを牽制。背後に障害物がなければそのまま殲滅戦へ移行せよ。私はこのまま迂回して近接戦へと移行する」

 「了解です、柊陸曹」

 「アイ、サーであります」

 ヴォォォォォっという銃弾が澱みなくばら撒かれていく音と、グレネード弾が炸裂する音が交錯する。

 銃撃戦となった戦場の中、一機の人型機動兵器がノーシェイプに近付いてきた。

 「こちら自衛隊特機所属、(ひいらぎ)陸曹であります。民間機とお見受けしますが、そちらの所属は」

 「日本流体力学研究所所属、ノーシェイプパイロット、マレです」

 「マレさんですね。円盤撃墜と戦闘協力に感謝します。ここから先は我々で処理しますので、この場から速やかに退避するようお願いします」

 「ーー断る」

 「なんだと!?」

 柊陸曹にとって、マレの発した言葉は意外なものだったのだろう。言葉に驚愕と僅かな怒気が宿る。先程までの丁寧な口調が完全に色を失っていた。

 「ここまでやったのは私だ。横からいきなり来て、他人のカニの足を切るような真似してみやがれ。自衛隊だかなんだか知らねぇがあんたらごと叩きのめすぞ!」

 「馬鹿を言うな。そんなスライムのお化けみたいな機体でどう戦うつもりだ」

 「気合いだよ気合い。こちとら象に跨ってバッタを捕るのを承知の上で来てんだ!ここで帰ったら金にならないだろうが!」

 柊陸曹はマレの剣幕に思わず絶句した。

 

 地球侵略軍が各地に出没するようになってから約十年。これまでの軍事兵器では侵略軍に対抗できないと判断した日本政府は、特例法として民間企業の軍事協力(あくまでも対地球侵略軍に対して)を含む法案を可決制定した。政府のこの判断は多くの反対も生んだが、太陽風の影響で電磁波を使用した機器が一切使用できない状況下にあって、国防を第一に考えた上では迅速な英断と判ずる意見も少なくなかった。

 事実、2060年の現在において未だ日本が存続している現状を鑑みれば、時の政府の判断に先見の明があったと言わざるをえない。

 マレが自衛官柊陸曹の指示を拒んだ理由はまさにここにあった。

 民間企業といえど、対地球侵略軍を相手どって戦闘している限り、法的に自衛隊の指示を受ける理由がないのだ。

 「それならばせめてこちらの邪魔にはならないように動いてくれ。誤射をされてもこちらは法的に罪には問われないんだからな」

 

 可愛げのない女もいたものだ。そう柊陸曹は眉を(しか)めた。

 

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