巨人再来の、4
戦闘が終わった直後はいつだって達成感の後に重い脱力感が襲ってくる。張り詰めていた気がいっきに晴れ、それまでまったく目に入ってこなかったものや音が身体と心から抜け出ていったスペースに滑りこんでくる。爆音と火薬、レーザーで焼いた焦げた臭いが風で流れていくと、それまで煩かった耳鳴りが消え、かわりに鳥のさえずりや木々の葉擦れの音が心に満ちていく。
今回の達成感は悪くない――ロウは大きく息を吐いた。
生き残ったのだという実感が、ようやくロウたちにも訪れていた。ヤックとの接触で歪み、軋む音のするドアをどうにかこじ開けてコクピットから転がり出ると、すでに力が入らなくなっている腕が昇降の梯子をつかみきれず、身体がそのまま地面へと落下する。己の脱力感に苦笑う。
したたかに身体を打ったものの、そう高さがあるわけではない。鈍い痛みが落ちた背中に伝わるが、そう悪くない痛みだ。仰向けになった頭上には珍しく青空が雲の合間からのぞいており、ロウに戦闘が無事に終わったことを告げていた。ふつふつと湧きあがる生を実感する。
滑走路は熱を帯びていて熱く、背中をじわりと焼いてくる。熱が痛みを和らげてくれていた。
これまでに経験したことのないギリギリの戦闘だったがどうにか生き延びることができた。
汗でじっとりと濡れた背中が滑走路の熱で乾いていくのを感じる。
今回は脱力感も悪くないな――。
どうにか身体を起こし、右京達を探す。
滑走路を少しばかり外れた芝の部分にケイバ―シューズが斜めになって転がっていた。ミンケイランサーがしっかりと突き刺さったボディーは見るも痛々しかったが、刺さった場所と角度が幸いしてコクピット部分が上を向いたのだろう、地面に墜落した際に直接当たらずに済んでいた。
右京と左京がロウに気づいて大きく手を振っているのが見える。
三人は再会を本当に心から喜んだ。
「もうすぐ他のメンバーが着くって、さっき連絡が入ったよ」通信範囲が他の機体よりも広いケイバ―シューズ左搭乗の左京が朗報を口にした。
「あいつらあたしたちがヤックを仕留めたって言ったら、すっごい驚いてた」右京の声は弾んでいた。
「そうそう、どうやって倒したのか五月蝿いくらい訊いてきて!」機体にサーブしてある水の入ったボトルをロウに手渡しながら、珍しく左京も鼻息を荒げている。
受け取った水を口に含むと、余程乾いていたのだろう指の先まで水が行き渡っていく感じがした。水の甘さがが五臓六腑の端にまでに染みわたると、さっきまで抜けていた力が少し戻ってきた。
「――でね?私は言ったわけ」左京の興奮は止まらない。
「――なんて?」気だるげに聞き返す。
「ロウ君がミンケイボディーの必殺技『ミンケイ轢き逃げクラッシュ』でヤックを轢き逃げたんだよって!」
それには思わずロウも、口いっぱいに入れた水を吹き出してしまう。
覚悟を決めて特攻をかけた自分のやけっぱちな叫びを左京は聞いていたのか。
「ちなみにあたしも聞いていたぞ?アラタは見かけ以上に熱いんだな。それにしても爺ちゃんの技の名前は相変わらずセンスがないな。轢き逃げって、もう犯罪臭しかしないぞ?なあ?」
右京がこちらに同意を求めてくるが、ロウは言葉を詰まらせるよりない。そもそも『ミンケイ轢き逃げクラッシュ』なんて技はないのだ。その技は特攻にあたり咄嗟にロウの嘴を出た思いつきの言葉だ。右京はすっかり博士の命名と誤解しているようだが。
左京のインカムに通信が届いた。
「鳳クン達、現着したって」
まだ晴れ間の残る空にケイバ―ジェットの真紅のボディーが照り返るのが見えた。