巨人再来の、3
「右京!左京!無事か!?無事なら返事してくれ」
ロウの精一杯の叫びがミンケイボディーの拡声器を通して響く。突撃に次ぐ突撃を敢行したことで後輪のタイヤのいくつかがパンクしていた。平坦なアスファルトの上でさえ今では真っ直ぐ走れず酷い音を立てている。不規則に縦揺れする車輛の乗り心地は最悪で、精神的な疲労と相まってロウはたまらずにえずく。
しかし乾ききった口内から形の整ったものは一切出ることはなく、胃液と唾液が混ざった粘度の低い液体が口を吹くのみだ。あとは壊れた管楽器のようなおおよそ聞きたくもない音だけが周囲に無残な残響を広げていく。
「――ジャイアンのリサイタルじゃないんだから、もう少し落ち着きなさいよ」
息も絶え絶えでかすれた呼吸をするロウのインカムに、ノイズ混じりの声が届く。
それはまぎれもない右京の声だった。
「ジャイアンのリサイタルて――」
左京のくぐもった笑い声も間髪を入れず差し込まれる。
「無事――だったんだな!」二人の声に曇りがなかったことで、ロウは安堵した。おちついて息をしようとするが、かえって咳き込む格好になる。
「さすがに肝が冷えたけどね。ミンケイランサーって思った以上に強い武器なんだね。あたしたちのマシンをふたつまとめて串刺しにするとか、ありえないでしょ」
「私の方は今日はもう飛べないかな。合身も無理かも」
二人が無事であるなら機体が破損したくらいなんということはない。えずいた反動からなのかそれとも安心からか、ロウは涙ぐむ自身を抑えることができずにいた。
「そんなことより、ヤックは――どうなってるの?悠長にこっちに来てる場合?」
「――倒したよ。どうにか」
ほっとした空気が、本来感じることができないはずのマシン同士にあっても伝わってきた。もちろんそれはインカムによる音声があったからとも言えるのだが、ロウの言葉で張り詰めていた緊張は一気にほぐれたのには違いなかった。
「じゃあ、回収して帰らなきゃね」
右京の言葉がややくぐもって聞こえたのは多分に聞き違いではない。
「回収出来たらそれはもう凄いことだよ。でもさ」
左京もまた言葉の語尾を濁した。串刺しになって身動きのとれないミンケイシューズ二機が回収に向かえるはずはない。
「ミンケイボディーだってようやっと動いてる状態なんだ。現場に戻るのは、危ない。やめた方がいい」ロウは首を横に振った。
「でも、これってチャンスよね。ノーシェイプや自衛隊でもできなかったことをあたしたちがやったらさ」
右京の言うように、今ヤックを回収することができれば、これまで謎に包まれてきている宇宙人たちの手掛かりをつかむことができるだろう。それこそヤックの搭乗者をこの機に捕縛できたなら大金星どころの話ではない。
しかしそれはヤックが完全に沈黙しているとすればの話だ。ヤックには自己治癒能力がある。勇んで向かってみたはいいが下手をするとこちらが返り討ちにされる可能性だってあるのだ。
「多分僕らは――見逃してもらえたんだと思うんだ」
今はこれ以上追及しない方がいい――ロウは二人に言葉を選んで遠回しに告げた。
しこりは残った。
しかし三人のうちの誰も、それ以上何かを口にすることはしなかった。