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転機の、16

 ミンケイボディーの機体が一瞬光った。ロウの肩口がざわざわと毛羽立つ。肌の表面がちりちりとした感覚に包まれると操縦席の最奥、後方からなにか得体の知れぬ波が三度、前方へと流れていくのがわかった。波が体を都度、素通りしていく感じに身動きがとれなくなる。

 凶悪といっていいほどの強い電撃がミンケイボディーの稼働炉から発して、機体表面を通り突き刺した槍の柄を流れていく。それはあっという間の出来事であったし、串刺しにされているヤックにとってはまさに回避不能の攻撃であった。

 『があああぁああぁァ――!』たまらず叫ぶヤック。

 「――接近武器か!」

 あらかじめ感電対策がされていたのだろう。ミンケイボディーの機器類にも操縦者のロウにも電気が発する振動以外の感触はない。ヤックの漆黒のボディーから溢れている煙がみるみるその性質を変化させていくのがわかった。

 「効いてる!」

 件の長名の武器がまさかの接近戦用であったとは。

 ロウはミンケイランサーを根元からパージ(外す)すると、感電して動けずにいるヤックに追い討ちのロケットランチャーの残弾全てを放って距離をとった。

 「――右京!左京――!今だ、全弾叩き込め!」

 「――言われなくっても!」

 「任せて――!」

 右京と左京、双子の息がピタリと合致する。ロウが離れた瞬間を見逃さず電磁砲を放つ。

 「行くわよッ!」

 左京が、普段は合身した時にのみ投げつける用途でしか使ったことのない投擲武装『行くわよ爆弾』を投下した。感電したヤックはこれの直撃を受けてたまらず膝を落とす。

 強敵であると認識していたヤックが目の前で崩れ落ちていくのを見て、右京と左京が空中で互いに交差しながら「やった!?」と声を上げた。

 腹を槍に貫かれ、防ぐ間も与えられず雨霰の爆弾による洗礼を受けたのだ。斃しただろう――そうミンケイの三人が心を一致させた。

 膝をつき、前かがみになったヤックは深く頭を垂れていた。その姿がまさに切腹を終えた侍の姿と被る。ミンケイランサーの柄が地面に落ち、十文字の槍先が鈍い音を立ててアスファルトに転がった。クラシックの演奏の最後を締めるシンバルが荘厳に鳴り響いたような、あるいは釣鐘が坂道を転がって岩にぶつかったときの断末魔の共鳴のような音が、波打った。

 勝利を確信した左京が空中で旋回して右京のケイバーシューズと合体しようとしたその時。

 ロウはハッとした。突き刺さった槍が膝をついたくらいで抜けるものか?と。前かがみでへたりこんでいるヤックの背中からはまだケイバ―ランサーの柄が刺さったままだ。

 「――左京!まだ終わってない!」

 ロウが異変に気づいて叫んだ時にはすでに遅かった。隠し持った小太刀で自身の腹から突き出た槍の柄を切り落としたヤックが――すでに動けないものと思っていた身体を引き起こしていた。アスファルトに転がったミンケイランサーの――今しがた自身の腹に突き刺さっていた槍を拾うや、空中に投げつける。鋭く飛ぶ槍の先には完全に油断した双子がいる。


 「矛盾という言葉を知っているか?」

 かつて神宮寺時宗が飲みの席で、そんなことを言っていた。お互いしとどに酔っていたのを覚えている。ミンケイの他の面子もめいめいに酔っていて、誰もがシラフから縁遠い動きをしていた。

 突然どうした?と思いながらも、ロウは「もちろん知ってます」と答えた。

 「なんでも貫く矛となんでも防ぐことのできる盾を同時に販売している商人の話ですよね。結局辻褄が合わないって――あれ」

 そうだ、と神宮寺が半開きの目をしながら頷く。彼の首がかくんと動いたのは眠気まじりのせいもあるのだろう。

 「だが結局矛と盾、本当に同条件でぶつかったらどうなるだろうと思うね?」

 謎かけか?そう勘ぐりながらもロウは少し思案を巡らせる。当初は神宮寺の()()()()も考慮に入れてみたが、すぐにやめた。アルコールで鈍くなった頭はそれ以上の深読みを望んでいなかったし、どう答えようがまともな答えが返ってくるとは到底思えなかったからだ。

 だから単純に答えることにした。当たっていようが外れていようが神宮寺の出す言葉で自分が納得できるのならそれでいい。

 「そりゃあ盾の方が強いでしょう。受け流すこともできるし、刺さらない工夫だってできる。矛は突くだけじゃなくて薙ぐこともできますが、そうそう同じ硬さの素材を斬ることは難しいんじゃないですか?」盾有利。高校の物理の教師がそう言っていたことをロウはそのまま神宮寺に伝えた。

 それを聞いた神宮寺がこちらを見て大笑いした。

 「なにがそんなに笑えるんです?もしかしてあれですか?同じ素材なんだからどっちも壊れるのが筋だって、そういう話ですか?」ロウ――その時はまだ月影アラタであったが――博士があまりにおかしそうだったのでムッとしてそう答えた記憶がある。


 どうしてこのタイミングでそんなことを思い出したのか――。


 空を斜めに穿つミンケイランサーが地球の重力をまったく感じさせずまっすぐに飛んで行くさまを見て、心臓が大きく一度ドクンと大きく鳴った。


 「盾が勝つ?馬鹿を言うんじゃない。矛を持った方は殺す気でかかってくるんだ。そいつが本気であったなら貫く。――矛が勝つのがこの世の(ことわり)だ」おおよそ科学者らしからぬ理の適わない言葉だった。ミンケイランサーの強度も破壊力もロウはよく知っている。昭和を代表する巨大合体ロボットと同じ装甲を有したミンケイシューズをそう簡単に害することができるとは思っていない。


 理屈は、理屈だ。これまで散々検証してきただろう科学の、物理のもたらす結果は、想像の上をいかない。言葉を噛みしめる。


 現実は、現実だ。


 そう信じたロウの頭上で、ちょうど交差した双子の機体がミンケイランサーに串刺しになった。

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