ノーシェイプ、あるいはシェイプレスの事情、の10
「大型獣、出現よ」ダオの声は淡々としていた。あと数刻発射を遅らせていれば、大型獣に体当たり出来ていたかもしれない。そのことが悔やまれる、そう感じさせる掠れた声だ。
「情けない声出してんじゃないよ!ダオ」
強がってみたものの、不利なのはあきらかだった。目の前に黒々と現れたのは四つ脚の巨大獣。フォルムに洗練された感はなく、どちらかといえば愛嬌さえ覚える姿だ。
なんだっけ、この生き物‥‥‥馬、じゃない、鹿、でもない。雑念を払うようにノーシェイプ唯一の飛び道具である10㎜マシンガンを放つ。
外側をコーティングしたノーシェイプをわずかに上回る体躯が機敏に、左右へ振れる。至近距離であるにもかかわらず銃弾が空を切る。マレの動体視力をもってしてなお、目の前の巨大獣を捉えることができない。銃撃を盾にノーシェイプを巨大獣の体当たりを回避する。思った以上にノーシェイプの動きは悪い。スラスターで宙に浮いているのに、緩慢すぎる動きは水中で水の抵抗を受けている感じがした。
試しにピンポイントキックのために右脚を出してみる。ニュルっとした感じで本体からか細い脚は出たものの、伸ばし方が足りなかったせいで、脚は空をただ無為に蹴っただけだ。
再び巨大獣の体当たり攻撃。
スラスターを全開にふかして左へと躱わす。すぐ真横を黒い四つ脚の敵が過ぎる、ーーと、巨大獣は体をグルリ回転させ、後ろ脚を思い切りよく蹴り抜いてきた。
巨大獣の両脚がノーシェイプの側面を的確に捉える。
まるでサッカーボールのようにノーシェイプのボディーが曇天下に飛ぶ。マレの視界で芝浦公園の端っこが見えた。
ナノコーティングを軟化させて、べちょっと公園の端に着地する。公園の街路樹の上に乗ったことで少し木がミシリとたわむが、折れることはない。その様相はフルーツをゼリーで包み込んだ菓子に酷似している。
ノーシェイプの蹴られたあたりが薄ぼんやりと光を帯びていた。自動ガードシステムのピンポイントバリアが間に合ったことで機体損傷はほとんどない。しかし機動力の差からくる戦力不足はこれで明白になった。
スピード、攻撃力ともに完全にこちらが不利だ。
仮に躱し続けることができたとしても相手を倒す方法が思いつかない。こっちは防御力が少し高いだけの玉ころだ。
「どうしよ‥‥。どうすればいい?」
マレは、身体中に嫌な汗が吹き出していて、それがどうにも止まらないのがわかった。小刻みに、震える。しかし同時に目の前のロバ野郎にどうにかひと泡吹かせてやりたい、とも思った。




