転機の、14
「嘘ッ!突っ込んできた!?」
右京の視界の下。ヤックの薙刀の届かない場所から放った電磁砲の射線の先に、ロウの駆るミンケイボディーの姿が映る。ヤックの真後ろから猛然とこちらに向かってきている。
「――!」
左京もロウの突撃に気づいた。一瞬、そのロウのとった行動に慌てはしたものの、左京は冷静にケイバ―シューズの電磁砲をヤックへと定めて狙い撃つ。
右京の電磁砲を半身で躱したヤックが左京の電磁砲に反応して再び回避行動をとった。半身で避けようと機体を捻る。その態勢からは背後――真後ろに迫るミンケイボディーは完全に見えない。
「格好をつけて最低限で躱そうとするから――!」
電磁砲の撃ち終わりとともにすかさず空中で機体を左へと旋回させる左京。唸りを上げるヤックの薙刀が金属のかすめる甲高い音を周囲に散らすと、火花が空を鮮やかに彩った。
「――きゃああッ!」
「――左京!?」
右京がたまらず叫ぶ。
目の前を飛ぶうっとうしい羽虫をやっと捉えた――きっとそんな風に思っているんでしょうね。左京が背後に迫るヤックに視線を瞬く間だけ切った。
空中で機体を立て直し、左京はヤックから逃れて飛ぶ。しかしその速度は思った以上に出ていない。地面に向けて緩やかに減速していて機体からはわずかだが黒煙が立っている。
ヤックがすかさず追撃態勢に入った。前方でふらついてみせる左京機を狙って、切れ味鋭い薙刀を大きく振りかぶる。そして振り抜く。ヤックの狙いは正確だ。絶え絶えに飛行する目標などなんら誤ることなく斬って裂く。
しかしそんな確実な詰み手であったはずの一手は虚しくも空を斬った。あわや地上に激突しそうな勢いだった左京のケイバ―シューズが急加速した後に上昇していたからだ。
「サンキュー!左京!最高のアシストだ!」ヤックの背後で声がした。
『――――!!』ヤックが振り向こうとするが――間に合わない。
私はおとりなの。引っかかってくれて――。
「――ありがとぉ――う!」左京が快哉を叫ぶ。
次の瞬間、完全に無防備になったヤックの伸びきった腹部を、背後から急襲を仕掛けたロウのミンケイボディーが突き出した槍ごと体当たった!
「――喰らえッ!これがぁ、ミンケイランサぁァ――――っだッッッ!!」
ヤックの頭部。無数のヒビが入ったちょうど口のあたりから、どぱぁっ、という重めの音とともに黒く澱んだ血の塊のようなものが吐き出された。地面にべちゃべちゃぁっと、酷い擬音が散る。
『――後出しとは――やってくれる!』
誰あろうヤックの出した言葉だ。その場に居合わせた三機三人がその恨み節を内包した低い声を聞いた。
「戦闘報告書に書いてはあったけど――本当に日本語をしゃべるんだ!」真っ先に感嘆を上げたのは左京だった。やられたふりをして中空高く逃れた機体からはすでに黒煙は出ていない。やられたふりをする際に使う疑似煙は機体の急加速にあわせてもう燃え尽きてしまっていた。
「――機械なの?喋ってるけど――」報告書を読んでいない右京はまだ事態を完全に呑み込んではいない。ただ、機械と口にしてはいても、直感で目の前の敵がそうではないんじゃないかと感じてはいた。その言葉がおおよそ自分の知る機械がこれまで口にしたようなものではなかったからだ。
「後出しで悪かったね。だけど、僕が叫んで突っ込んでたら、きっとあんたは躱してただろ!?」
深々とミンケイランサーが縦にヤックを貫いていた。もはや引き抜くことは現実的ではないレベルだ。ヤックの貫かれた腹部は、その身を捩るたびに傷口を深めていき、傷口と思しき箇所からは口から吐き出したものと同じ粘質の高い黒い液体が溢れて止まらない。
臭い――?
かつて二宮金次郎のような巨大獣と戦った際に身体に入りこんできたものと同質の異様な煙の臭いが立ち込める。ミンケイボディーのコクピットの中が少しづつ黒に侵食されていく。
ヤックが大薙刀を地面に突き刺し、どうにかミンケイボディーを引き剥がそうともがくたびに煙が強く立っていく。しかし根元までしっかりと突き刺さったミンケイランサーはどうしても抜ける状態にはない。一瞬、ヤックの動きが止まり、同時にロウは嫌な予感に苛まれる。
ミンケイボディーの外部カメラがヤックの手に小太刀らしきものが生成されていくのを捉えた。
「このコクピットごと切り離すつもりか!」
こうしてはいられない。ミンケイランサーの根元部分をパージして逃げるか――!
いやしかしこんな機会は二度あるとは思えない。
いまここで、こいつにとどめを刺すべきだ。
今こそあれを使う時だ!
遥ローエングリンは高々と言い放つ。
「――今こそ喰らえッ!!!ミンケイウルトラデストロイボンバー戒ver2.0’ッ!」
覚悟はとうに決めていた。