転機の、10
先行したケイバ―ボディーが三鷹市に着いたのは、出動からわずか三分後のことだった。
「三鷹というよりそこは調布じゃないか」
ヤックこと対外Xが立っている場所を見てロウが叫んだ。
ロウにとってその場所はよく見慣れた場所だった。空中からでもすぐにそうだとわかったほどだ。
調布飛行場。滑走路が南北に伸びるその場所をヤックは戦場として選んだようだ。ここから東に向かった先の川沿いには、ロウの過ごした家がある。
「わざわざ僕の家の目と鼻の先を戦場に選ぶとか」
ヤックに意図があるのかどうかはわからない。ただ、その場所にいることがただの偶然ではないような気がした。
ミンケイで見たヤックの画像と戦闘記録を思い出す。
この間対峙した巨大獣に比べれば随分と小さい印象は拭えないが、いくつもの武器を使い分け、本当かどうかの真偽は不確かだが、日本語を解し、あまつさえしゃべるという。機動性が高く冷静な行動をする上、機体内部からレーダーを妨害するなにかしらの成分を含む煙を纏っている。
戦闘方法は近接戦闘のみが現在確認されている――か。
ヤックを視界に入れたまま空中で大きく旋回する。むこうはとっくにこちらの接近に気づいているらしく過たずこちらを捉えている。
「こちらミンケイボディー。ヤックと接敵しました。これより戦闘に入ります」
言葉は空を泳いだ。すでにジャミング領域に入っているらしく、インカムからはノイズだけが入ってきている。有視界においてヤックはまだ豆粒ほどにしか見えていない。
「想像以上にジャミング範囲が広い」
早まったか、とここにきてロウは思った。ミンケイボディーには大した武器は積んでいない。ただでさえ命中精度に難ありの装備である。
――当てられるか!?いや、当てる!
もう一度大きく旋回して、相手を正面から捉える。ヤックに武器の照準がピタリと合う。
「ロケット!ミサイルッ!」ロウのかけ声とともに、ミンケイボディーの両脇腹のあたりからミサイルがふたつ鋭い音を立てて射出された。
「――よし!」
ロウが快哉を叫んだ。威力こそ控えめだが、速度のあるロケットミサイルは多少相手が動いてもわずかの距離であれば自動追尾してくれる優れものだ。ロウが快哉を発したのはミサイルが追尾範囲に入ったのを確認したからだ。
しかし二発のミサイルはまっすぐと目標に向かって飛んで行ったきり、追尾することなくヤックの真横を抜けていく。
「――なんでッ!?」
ヤックは回避行動ひとつしなかった。ただ悠然とミサイルの間をこちらに向かって進んできただけだ。ヤックの両手には身の丈以上もある長刀が握られていて、すでに振り抜く予備動作に入っていた。
横に刀を振り切るつもりか。回避、しなければならない。
「上昇!?――いやッ!」
意を決して、ロウは向かってくるヤックに対してまっすぐ突っこんでいく。予想通り、横一閃に物干竿が振り抜かれる。空気まで切り裂く勢いだったが、剣閃はやや空中寄りに流れた。
「――上に逃げたくなるよね、普通ならさ!」
ロウの予想通りであった。こちらに向かってくる相手を迎撃する場合、相手の逃げそうな方に斬り込むのが定石だ。地面への衝突を考えて、普通なら下方への回避はまずしない。逃げる余地のある空の方向へ斬撃を繰り出すのは至極当然の選択だ。振り抜かれた刀のわずかに下をミンケイボディーがすり抜ける。滑走路すれすれだ。
タイヤを出し、十メートル弱のボディーを滑走路で横滑りさせながらどうにかミンケイボディーを制止させる。
どうする。今度は今のような奇策は使えない。
相手とまだわずかに距離はあるといっても加速させて十分な速度に至るには全然足りない距離だ。飛ぶにも助走が間に合うかどうか。今度こそ、それこそ真っ二つなんてことにもなりかねない。
それに、今の一瞬のせめぎ合いで、ひとつはっきりしたことがある。
自衛隊から提供された戦闘報告の中では予測の範囲を出ない仮説であると思われていたことだったが、いまなら確信を持って言える。
相手はコンピューターじゃない。あきらかに有人の――人が乗ったロボットだという事実だ。
冬が完全に終わろうとしていますね。温かくなると困るのは私の場合、その時に着る服でして。年がら年中その場のご不幸にそのまま参加できる色合いの服しかもっていない身としては暑くなると肩身が狭いんですよね。また「あの人暑くないのかしら?」という視線を向けられる季節が来るんですね。泣きたいw