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転機の、5

 佐藤次郎から夜半過ぎに電話を受けたとき、丸目長恵は毎日欠かさずおこなっている美容の時間であった。就寝前に軽くストレッチをするだけの習慣が今ではそこそこに本格的な作業になっていた。佐藤からの電話でなければ完全に無視していたところだ。丸目は寝室のベッドの前に敷いたマットレスの上で柔軟体操を止めることなく音声でその電話の着信を受けた。壁に設置したモニターに、佐藤次郎の禿げ頭が映し出される。


 「今何時だと思ってんだい!頭の毛がなくて寒くて眠れないってんならナイトキャップを被るんだね」

 「そういうお前こそなんて格好でなんて顔していやがる!パックなんぞしてみたってそのマリアナ海溝ばりの皺が埋まるわけじゃねえんだ。無駄な抵抗をいまさらしてるんじゃねえ!」

 いつもながらのぎりぎりでの会話の交錯。この二人の間に遠慮という概念はない。故に顔にきゅうりパックを施し薄手の真っ赤なネグリジェを羽織って四つん這いのままゆっくりと尻を振っている姿を見ても、罵詈雑言しか口をついては出ないのだ。

 「寝る前になんて恐ろしいものを見せるんだ。本当に不眠症になったらどうしてくれる!」

 「それが嫌ならこんな時間に電話よこすんじゃないよ。こちとら睡眠前にあんたの禿げた頭を見たせいで朝日を連想しちまったじゃないか!」パックの下で丸目がにやりと笑うが、もちろんそれが佐藤に見えるはずもない。


 「――で、本筋は何だい?あるんだろ、あたしになにか、話さなきゃならないことがさ――!」

 

 ひととおりの通過儀礼を終えた後、うって変わった落ち着いた口調で丸目長恵が言った。ネグリジェの上に白いパーカーを羽織り、きゅうりのパックも外している。


 「実は、彼方の子供が今、家に居てなぁ」

 「彼方の子って、遥彼方の子ってことかい!?」

 「まあ必然的にそうなるわなぁ」

 「奥さんは――あれかい?”姫ちゃん”」

 「わからんが――多分」肝心なところで歯切れの悪い佐藤に、丸目が舌を打つ。

 「その子はあんたのとこに最近来たのかい?」

 「いや、それが――なああぁ………」

 丸目の率直な言葉に、佐藤は言葉を濁さざるを得なかった。

 「なんだい歯切れの悪いジジイだね。もう耄碌(もうろく)したのかい」

 「実は二年くらい前から、ウチに居たんだわ」

 あまりにあっけらかんとした言いようにさすがの丸目も開いた口が塞がらない。

 「あんたは本当に馬鹿なのかい?二年も一緒に居て気づかないもんかね?」

 辛辣な言葉を重ねながらも、二年前という言葉を手繰って丸目はひとつの答えに行き着く。

 「じゃあ、あんたのとこの月影アラタ――。あの子がそうなんだね?」

 情報は絶えず動いている。丸目長恵はなにも偵察にガルダだけを使用しているわけではない。日常の変化にいつだって気を配している。ミンケイバーの胴体部に新しいパイロットが入っていることくらいの情報は既に入手していた。


 「なんてこったい」丸目長恵は親指の爪を噛んで、ぷっ、と吐き出した。切鍔が会ったという遥ローエングリンと言ったか――は、「二年前に会った」と言っていた。つまりその時点でどういった経緯かは知らないが、()()()()切鍔の監視を逃れたまま、次郎のところにずっと居たということになる。


 ――灯台下暗しなんて話じゃあないよこれは!?


 切鍔の口ぶりを鵜呑みにするなら、奴さん(切鍔)も二年前に子供の追跡をしくじっていたことになる。さらに次郎の言葉をも鵜呑みにするならば、姫ちゃん(月采女迦具夜)も自分の子供が次郎の「ミンケイ」に居ることを知らないということになる。


 遥迅速という名前に丸目は聞き覚えがあった。東京に出てきて定職に就かないまま自由を満喫している弟がいる――彼方が言っていた名前がそれだ。いきさつはわからないが、彼方か、あるいは姫ちゃんのどちらかが遥の弟に子供を預けて消えた。弟は律儀に子供を育てていたが、逃げられた――と。


 ふっ、と丸目長恵は笑った。意地の悪い考え方を結果に見据えた笑い方だ。傍目には毒リンゴを携えた魔女のようにしか見えない。


 いったいどこの誰が血がわずかに繋がっただけの子供を律儀に面倒なんぞ見るものかね。自分になにかしらの余禄がなけりゃそんなことをする奴ァいない。

 遥迅速という男の生き方を鑑みるに十中八九、利権絡みの案件だ。


 瘋癲(ふうてん)を気取る男なら――そうさね。金か女だ。


 「次郎――!彼方の息子、絶対逃がすんじゃないよ?」丸目長恵が闇から手を伸ばす悪魔の言葉を口にした。


 

 


 

知り合いから日本酒をいただきまして。四合瓶(720ml)を近所の公園でいただきました。桜が少しずつ散り始めていて、雨が降った後ということもあって水回りに桜の花びらが貼りついていたんですよね。それが連なってひとつの流れ――川のように見えて、図らずも妙に風雅な酒盛りを楽しめましたw

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