転機の、3
「え!?アラタ君、ミンケイ辞めちゃうの?」
「なにか不満があるなら言ってくれんか。私に非があるのなら話を聞いてからでも遅くはないだろう」
矢継ぎ早に神宮寺と右京に詰められ、月影アラタは訳がわからず狼狽する。
「――辞めませんよ。どうしてそうなったんです、左京さん」
佐藤家のダイニングテーブルの椅子が四つとも埋まるのは久方ぶりのことであったが、場の雰囲気は和やかとは縁遠い”圧”に包まれていた。
「――で、どうして辞めようとか思ったわけ?」湯上りの蒸気を立たせたまま、右京はテーブルを両手でバァンと叩く。タオルで巻いた頭から前髪がちらりとはみ出す。
「――誤解ですってば」どう説明をしたものか。思案する暇を与えられないままのアラタはそれでも頭の中で効果的な言葉を模索していた。
「職場がむさくるしいのはわかるッ!だが若いうちにつけた筋肉は未来を裏切らないぞ!?」神宮寺にいたってはすでに論点がどこかへと高速移動しているようだ。それなりに動揺しているということか。
「辞めないんだよね。アラタ君、そう言ったよね?」普段の彼女からは想像すら及ばないほどに熱っぽい口調の左京。
「本当に、辞めませんってば」
――とは言ったものの果たしてどこまで話せばいいのかアラタには皆目見当がつかない。自分が本当は月影アラタなどではなく遥ローエングリンという名前で、実は何かの拍子で巨大化する光の巨人なんですよ――とは言えない。
――いや?言えないか?意外と面白がられたりしないだろうか。それとも成人してなお妄想癖を抱えた痛いヤツというレッテルを貼られるだけで済むかもしれない。
宇宙人が攻めてくるような世の中だ。精神的にどこかはぐれた奴が多いのは周知のはずじゃないか。
そこまで考えてなお、思い直す。なにもわざわざ自分がその痛いヤツになる必要性はない。当たり障りのないところだけを説明してやり過ごせばいいじゃないか。
要はここで匿ってもらえさえすればいいのだから。
三人が神妙な面持ちで自分を見ているのがわかった。視線の強さで穴が開くのじゃないかと疑うほどに、だ。
ここにいて自身を月影アラタと名乗っている時点で、彼らに――ミンケイの他の仲間たちにも、自分はすでに嘘をついている。仕方のなかったこととはいえ、もう二年もの間、嘘を続けてきていた。逼迫したこの状況下でアラタの頭に浮かぶ選択肢はいくつかあった。
理由を言わず、二年前三鷹から逃げ出した時のようにこの場から去る選択。
大事なことだけは隠して庇護を求める選択。
イチかバチか正直に全部話してしまう選択。
内容の是非を組み合わせた方法は多々思いついたが、それでもアラタが許容できる範囲での選択肢は大別して三つだけだった。
月影アラタとしてこの二年の逃亡生活の間に学んだことがある。『大人ならこういう時きっとこうするだろう』という選択だ。
アラタは意を決して前を見、そして重い口を――開いた。
「アマチュア」という映画を見てきました。海外ドラマで昔ハマった「CSI科学捜査班シリーズ」に出演されていたローレンス・フィッシュバーンさんが予告に出ていたのでついぞ。テンポのいい映画で珍しく最後まで一度も眠らなかったですw