転機の、1
ホテルを後にしてそこで初めて意外に時間が経過しているのだと知る。
夜の闇が人気の少ない街の隙間まで入り込んでいて、まだかろうじて生きている不揃いに並んだ街灯を今にも飲み込んでしまいそうになっていた。
ホテルを北上した先の公園を横切ると、時刻をきちんと刻んでいるのかどうか知れない時計がまさに分針をひとつ動かしたところだった。
それが正しい時間であるならば、午後十時を過ぎたところらしい。
公園に人の気配はなく、代わりに野生化したかつてのペットたちが夜行にまぎれて周囲を徘徊している。気配を上手く躱して公園を突っ切る。ミンケイの事務所まではここが何よりの近道であった。それにしても――と思う。自分が保護されたと思しき場所から月采女迦具夜の滞在しているホテルは軽く数キロあった。どうやって運び込んだのか、もはや今となっては訊く術はない。抱えて歩くほど逞しい腕を彼女はしていなかったはずだ。
あらためて思う。謎の女、月采女迦具夜。神宮寺や丸目博士を先輩と呼ぶ彼女はいったい何者だというのだろうか。名前を告げればわかること――と彼女は言った。
足が素直にミンケイの方角に向かっているのは彼女のおかげだ。頼るという選択肢は彼女が示してくれなければ選ばなかったことだ。
時折、車のヘッドライトが公園脇の道を通った。光の通り方とエンジン音を体感するたびロウの精神はすり減っていく。都度、今通った車が空色のミニクーパーでないことを知って、ほっと息を吐く。
このタイミングで鉢合わせをしたなら、きっと抵抗むなしく捕まってしまうかもしれない。
ホテルで一時休んだとはいえ、まだ体調も気力も完全に回復はしていない。これからは運だけでどうにかなるといった余裕が出てくるとも思えなかった。
公園を突っ切ったのには車が入り込めない場所を選んで進んでいるからにほかならない。車やバイクといった機動力がないのであれば、たとえ本調子でなくともロウが体力の面で迅速に後れをとるわけはない。仮にいざ走ることを余儀なくされる場面が訪れたとしても、五十過ぎの人間に追いつかれるような無様はよもやすまい。
公園を抜けさえすればミンケイの事務所は目と鼻の先だ。知れず、足が早まる。
公園や住宅地を縫った行動をとったことは遥ローエングリンにとって最良の行動にほかならなかった。遥迅速はいずれ戻ると踏んだアパート周辺に組織の人間を配していたし、時間の赦す限り車道及び歩道を張っていた。迅速の土地勘のなさが災いした事態であったが、ロウにとってはそのことが好転した。かくしてロウは無事にミンケイへと辿り着くことができたのだ。