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邂逅の、13

 月采女迦具夜(つきどめかぐや)。遥ローエングリンが最初にその名前を耳にして思ったことは「苗字も名前も珍しいな」という一点だった。そして同時にそのどこか古めかしさを感じさせる響きが彼女のイメージにはとても寄り添っているとも感じていた。


 迦具夜が宿泊しているホテルの一室は、いったん押し黙ろうものなら空調の音だけがひたすら単調に耳に届く狭いところだった。部屋のつくりはいたってシンプルで、ベッドと間接照明大きな鏡、それと薄型のワイドテレビがあるくらいで過度な装飾はひとつもない。余計と思われるものを完全にこそぎ落としたただの眠るだけの箱だ。

 「テレビは、映るの?」

 「――さあ?つけてはいないからわからないわ」


 名前が聞けたことで会話がひと段落していた。特に切り出すべき話題も浮かばなかったから、会話は相手不在のキャッチボールよろしく投げたボールが転々と転がっていく。


 「――ねえ」

 沈黙に耐えきれず発した言葉はそこで止まる。当然だ。頭に浮かぶいくつかの質問は今の関係性で口にしていいようなものではなかったからだ。

 「――なに?」

 訊き返してほしくなかった。しかし先に声をかけたのはこっちだ。彼女が反応したのはこの空気に耐えきれなかったからか、あるいは礼儀の一環からなのか。

 「――どうして僕を助けたのか、訊いてもかまわない?」障りのなさそうな質問がロウの口をつく。沈黙が少し緩和され、重苦しさから息をつくことができた。

 

 「――まあ、そうでしょうね。貴方が気になるの、わかるわ」

 言葉を一度切って、彼女は続けた。


 「そうね。理由はいくつか思い当たるけれど、強いて言えば――今朝方、貴方と会ったのが、ただの偶然だとは思えなかったからかしらね」

 そうして月采女迦具夜はふいと横を向いて立ち上がり、狭い部屋を渡ると窓にかかったカーテンを少し開いた。どんな景色が見えているのかロウにはわからなかった。窓の外はすでに暗かったしカーテンを開けたといっても彼女の姿で完全に影になっていて見えはしない角度だったからだ。


 彼女の言った言葉を頭で反芻する。自分と会ったのが偶然とは思えなかったから助けた――彼女はそう言った。

 自分ならきっと助けない。助けない――だろう。


 「わからないな」ロウの素直な感想だった。それを聞いて、月采女迦具夜は喉の奥を震わせるようにくくくっと笑った。

 「わからないわよね。だって助けた私だってどうして貴方を助けたのか――助けようと思ってしまったのか、よくわからないのだもの」


 「なんだよ、それ」苦笑いするしかなかった。これまでであったどんな女性より、目の前にいるこの月采女迦具夜という女は理解不能だった。


 ただそれでも自分が彼女の手のひらでいいように転がされてることだけは、なんとなしに理解はしていた。十代の薄っぺらい自尊心をこれでもかというくらい煽り容赦なく削ってきている。

 狡猾というか、彼女が自分に何をどう言ってほしいのか、まったく読めない。捉えどころのない相手と向き合う気持ち悪さが、ロウを少しずつ不快にしていった。

 彼女の真意を計る意味でも目の前のこの虎の穴に踏み込むべきであるのか。

 しかし、ロウの直感は先刻から「やめておけ」と強い波長で警告を繰り返してきている。


 自分でも臆病すぎると思ってはいる。ただ、この警告に従ってきたからこそ今の自分があるのも確かだ。

 月采女迦具夜の視線がこちらにまっすぐ向けられているのがわかった。熱っぽい視線は興味深そうに一挙手一投足を値踏みしてくる。ここにいる限り、彼女はひたすらにそれを続けてくるだろう。彼女に対して隠さなければならない情報を持ち合わせているとは思えなかったが、それがこちらの勝手な思い込みである可能性もまた否定はできない。


 遥ローエングリンはベッドから腰を上げた。


 「帰ります」


 そう告げると、月采女迦具夜はうっすら笑った。


 「それがいいと思うわ。()()()()()


 彼女の言葉の真意はわからない。ただ、どうしてかこの不可解な邂逅がこの後に深い因縁のように伸びてきて、いずれ嫌でもかかわっていくことになる予感はしていた。

 


一日が二十四時間しかないのはつらいですね。この間テレビで一日の睡眠時間が約三十分だという男性が紹介されていましたが、それはそれで大丈夫なのかと思ってしまいます。眠らないならお酒が身体から抜けもしないのじゃないでしょうか。あ?飲まないのかな?うーん。それはそれで勿体ない人生のような気がしますw

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