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邂逅の、8

 アパートの影に隠すように停めたミニクーパーに乗り込んで、遥迅速が最初におこなったことは任務失敗の報告だった。事情を詳らかに説明しつつも、失敗はあくまでも不慮の事態が重なった結果であり、自分(迅速)の過失は極めて少なかった――と告げた。もちろんそれは遥迅速の創作によるところが多く、事実とは異なる点が目立った。


 しかし虚構はあくまでも真実からは縁遠いものである。遥迅速が自身の失敗を隠蔽することに重点を置いた報告は、電話の向こう側にいる人物に即座に見破られてしまっていた。


 「メッキを施すにしてももっと上手くやれないものでしょうか。こういったことが続くと私は貴方が本当に彼方博士の実弟であるのかさえも疑わねばならなくなる」

 電話口の向こう側――推察するに男性は――落ち着いた口調で淡々と遥迅速を詰めてくる。

 「しかし所在はもう掴んでいます。あいつだってもう逃げ隠れは出来ないでしょう」止まらない汗をひたすら拭う迅速の姿を、電話向こうの声の主が見ることはない。それだけに電話の主にひたすら「まだやれる」と意気込む姿には鬼気迫るものがあった。

 「二年前、わずか十六歳だった子供に逃げられたというのに、十八歳になって世間を知ったかつての子供(今の彼)を貴方が捕まえられるんですか?そもそも今回彼を見つけたのだって貴方じゃあなく我々なんですよ?この二年間、貴方はただ無為に時間を浪費してきたようにしか我々には思えないんですよ」嫌な言い方だ。相手の嫌がる言い回しを熟知しているとしか思えない棘の生えた言葉。事実、逆撫でを前提とした口調に迅速の胃は悲鳴を上げていた。

 「次は――必ず捕まえますよ。これは――」

 ()()()()()()()()()()()()――。言いかけた言葉を喉の奥に押しやる。

 覚悟が伝わったのかどうかそれはわからなかったが電話向こうの声の主は少しの沈黙の後「――そこまで覚悟ができているのなら、いいでしょう。貴方に任せます。ただ、もはや監視しろとは言いません。確実に捕縛してください」

 「――承知!」

 遥迅速は短くそう伝え、荒々しく電話を切った。


 汗を拭い、ポケットから煙草を取り出して加える。ジタンの特徴のある香りが紫煙を纏って車内を巡る。窓を少し開けて煙を逃がしながら、遥迅速は煙と一緒に大きな息を吐いた。


 「捕縛、か。だがよ、あいつは獣じゃねんだよ」


 息を吸って、煙草を肺一杯に呑み込む。煙が身体の隅々に行き渡り、目の隙間からも煙が洩れるんじゃないかと考えてしまう。


 「どうしたもんかな。なぁ兄貴よぅ――」


 遥迅速が、兄である遥彼方から最後に連絡をもらったのはもう十八年も前のことだ。待ち合わせ場所に行った時のことを今でも昨日のことのように思い出せる。夏がまだ始まらないのにやけに暑さを覚えた日の昼だった。

 指定された都内の喫茶店は珍しく適度なエアコンで空調がされた店で、迅速は席につく前に通りかかったカウンターの店員にアイスコーヒーをオーダーした。先に来ていた兄、彼方は、四人掛けの奥の席で迅速の顔を確認して、小さく手を挙げた。

 「久しぶりだな兄貴。電話なんて金かけてまで連絡するからにはなにかしら美味しい話があるんだろ?」

 彼方()とこうして会うのは大学進学のため上京した安アパートに迅速が実家を逃げ出して転がりこんだ時以来だった。

 「――なんやかやであんとき俺が十五だったから――四、五年か?もうそんなになるか?」

 「――四年と三か月、それと三日ぶりということに――なるな」

 言い直した彼方の顔をじっと眺める。青白い顔に生気はなく、そのかわりにくぼんだ目の奥からはぎらついた精気が漏れ出してきているようだ。

 「――大丈夫か兄貴?ちゃんと飯、食ってんだろうな?」

 東京に家出してからその日暮らしを繰り返している自分よりずっと顔色が悪い。他人の心配ができる身分ではなかったが、目の前にいる男は自分よりか二つ年上という実年齢よりもずっと年かさを感じるし、何より自分の知っている兄よりもずっと口数が少なくなっていた。

 大学に飛び級で入学し、入学初年度に発表した論文で世の中をあっと驚かせた兄の姿は見る影もない。「自慢の息子」と両親が騒ぎたてるほどで自分とは真逆の存在だった兄は、今や見る限り死霊の縁者さながらだ。

 

 「で?どうしたよ。言っておくが金ならねえぞ」みすぼらしい身なりならまずは金だろう。迅速が先手を打った。彼方は落ちくぼんだ顔を少し楽し気に歪ませる。その表情は心霊写真に偶然映りこんだ霊の姿を彷彿とさせる。

 「安心しろ。金の無心なんかじゃない」そう言って彼方は自分の傍らを指さした。

 赤い、豪奢な金の刺繡を施した着物に、それはくるまれていた。

 「それは――なんだ?」

 席を立って覗き込むと、そこにちょうどアイスコーヒーが運ばれてきた。ウエイトレスのトレイから半ばひったくるようにしてグラスを奪い、グッとコーヒーを煽る。冷たい喉ごしが事態を冷静に伝えてくる。深刻な顔を崩さない兄の横に、まだ自力で立つこともできない赤ん坊が静かな寝息を立てていた。

 

 「よりにもよって赤ん坊かよ――」昔から子供と犬は大の苦手だ。


 嫌な未来が見えた。そしてそれはすぐさま現実のものとなる。


 そうでなければ現在(いま)の自分はここに至りはしない。






花見が伸びた。東京に遠征しようかと思うほどに上がりきっているこのテンションをどうしてくれようか。しかしこのノリで向かおうものならおそらく移動の途中に飲み疲れて寝てしまう可能性を否定できない。早く北上してくださいお酒前線w

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