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ノーシェイプ、あるいはシェイプレスの事情、の8

 コクピットを覆い尽くしていた泡が完全になくなったのはダオの言った通りおおよそ8分だった。

 「モニタークリア。ナノコーティング完了」

 マレの言葉でチューブごとノーシェイプの機体が引き揚げられる。トプん、と出る時も音はしたが、入った時に比べてその大きさは倍以上になっていた。プルプルとした外装に威圧感はなく、コクピットが外から透けて見える。引き揚げてすぐの折はまだ雫の垂れていたコーティング剤ももう完全に乾いていて、ノーシェイプはコーティング液の容器の直上で青白い光を湛えていた。

 ううん、とダオが唸るのが耳に入る。

 どう見ても都市戦仕様のノーシェイプの出来上がりに不満のある顔だ。

 いまさらさぁ、とマレが小声で毒づく。ミンケイバーや自衛隊の新型のような人型機動兵器とはあきらかに違う外観。

 その姿はどう見ても、大きなスライムだ。

 コクピット内からそう見えるのだから、外から見たらそりゃもうスライムか透明ゼリーでしょうよ。

 しかしマレにかけられたダオの言葉はまるで違っていた。

 「カッコよすぎじゃない!?クリアボディーなんて粋でしかない!」

 バカ親だわね、とこれには流石にマレも苦笑いを見せる。

 「ちゃんとモニター数値確認してよ?こっちでも目視はしてるけどコーティングがちゃんとされてれば表示がオールグリーンなはずだから」

 ダオの言葉にマレが手元のステータスモニターを確認する。コクピットと周辺がぷよぷよと動いている絵面。

 なんだかしまらないな、と思う。人型だともっとこう、足がダメなら赤く点滅とかするんだろうが。

 完全に見た目が退治される側(モンスター)だもんな。ウケる。

 チューブで吊るされたままオートメーションで運ばれていく。

 「このままマスドライバーに載せるから、アンタはとっととヘルメットして」

 ヘルメットを被ったのを確認すると、手元のパネルのひとつがグリーンに灯る。

 「緩衝水(かんしょうすい)注入開始」

 了解。マレが手元のスイッチを入れると、足元からコクピット内に透明な液体が入ってくる。密閉空間に水が下からせりあがってくるシチュエーションはあまり気分の良いものではない。しかし、ノーシェイプの乗り心地の良さはこの液体のおかげであり、この仕様でないとマスドライバー関連の衝撃から身体を無事に維持することが出来ない。話ではヘルメット無しでも呼吸可能とのことではあったがマレにヘルメットを外す勇気はなかった。

 「いずれ死ぬにしてもさ」

 溺死という選択肢だけは()()()ノーグッドなんだよね。

 やがて液体はヘルメットの半分、目線の位置まで上ってきた。きちんとヘルメットがスーツにセットされている実感がある。

 緩衝水の漏れ、無し。小声で呟く。

 緩衝水、とマレは勝手に呼んでいるが、本来はもっとそれらしい、なんか長ったらしい正式名称があったはずだ。

 これで溺れ死ぬことはない。緊張感が肌表面をピリつかせる。マレにとって訓練以外の初戦闘。

 いわば初陣だ。

 落ち着いてコクピット内が完全に満たされたのを確認する。

 また違う場所のグリーンランプが点灯した。

 身体を動かす。緩衝水がマレの動きを阻害していないことを確かめる。訓練中一度だけ濃度の濃い緩衝水を入れたことがあって、その時は感覚と動作が連動せず苦労した。

 「マレ、平気?」と、ダオ。

 「濃度問題なし。射出スタンバイよろし?」

 「今なら月まで飛ばしだげるわよ?」

 「ジュール•ベルヌ。嫌いじゃないよ。でも、今回は月じゃなくて港区までお願い。そういえば巨大獣出てないのよね?」

 まだ、ね。ダオが真剣にモニターと格闘している。

 「出来れば巨大獣に突撃かまさせてあげたかったんだけどね」

 「大昔の戦争でこんな特攻兵器あったんでしょ?こんなの(ノーシェイプ)造った日本人て、やっぱ何処かクレイジーだわ」

 「アンタ以外の爆弾は積んでないんだから安心して逝って来な!今の時代の桜花(特攻兵器)は理論上頑健なんだから!」

 「ダオ!帰ってきたら覚えてろよ!」

 地下からマスドライバーがせりあがり、灰色の外界が露わになる。曇っていても明るく感じるのは自分達が如何に地下に長く滞在しているのかを改めて思い知らされる。

 カタパルトに装填されると同時に、チューブが外された。

 すでに目標地点に向いているマスドライバーは、空に向かって長い滑走路を伸ばしている。

 「ちゃんと当たるんでしょうね?」マレの声が少し震える。

 「当てて見せるから安心しな!」ダオの目はすでにレーダーの射線計算を終えている。

 軌道予測よし。

 射線クリア。

 目標地点、東京都港区。

 無人円盤群ロック!


 「ーーマレ!」


 なに!?


 「逝って来い!大霊界ッ!」


 「ーーちょッ!」


 ダオが射出ボタンを押すと、マスドライバーは突然青白い光を幾つも蛇のように発した。

 さながらそれは蒼い稲妻だった。

 ボウゥヒュッ!という普段耳にすることのない音を立てて、マスドライバーからノーシェイプが射出された。

 曇天のせいで見えづらかったこともあるのか、射出されたはずのノーシェイプの姿は一瞬でその場からかき消えてしまっていた。かろうじて蒼い電磁の光がチリついていることと、低く鳴り止まない耳鳴り、それと空になったマスドライバーだけが後に残された。

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