邂逅の、5
気にすることないよ――そう二人は言ってくれたが、どうにもバツの悪さは拭えなかった。食事をどうにか早めに切り上げて佐藤の家を後にした月影アラタは、自身の中にまだ深く根を張った郷愁があることに困惑していた。
思った以上にふっ切れるものじゃないのかもしれない。
二十歳を自称してミンケイの履歴書にもそう書いたものの、実際はこうも脆いか。
――嫌になる。
もしこのまま何事もなく二年という時間を経過して、実年齢が成人という分類に追いついたとき、自分は複雑に入り混じった今の感情をきれいに分類して、整然と住み分けができる人間になっているだろうか。もしそうなっていない未来が訪れるのなら、それは修練が足りないというひとことで片付けられるものなのか。
頑張ってる――はずだろ?
言い聞かせる。今のこんな時世だからこそやれているというのはあるだろう。誰も他人の過去なんて興味がなくて、それでも生きていかなきゃならない。腹は減るからちゃんと仕事はしなきゃならないし、安心して眠る場所がないとやさぐれていく心は止まらない。
安易に犯罪行為に手を染める真似だけはしなかったのには彼なりの矜持があったればこそだ。二年前たまたま拾った身分証を拝借してなりすましをしていることを除けば――だが。しかしそれについてはまったく後悔していない。胡散臭いかりそめの戸籍ではあるものの、自力で税金だって納めているし、何より本人が名乗り出てこない。神の差配であったのだと今では信じている。
人として――とあえて口に出すなら、無法にも走らず生きている今の自分の人生は、極めてまっとうと言っていいはずだ。
帰ったらひと眠りしよう。せっかくの休みをこんなぐちゃぐちゃな状態で終わらせたくはない。それとも少し足を伸ばして買い物にでも行こうか。右京さんと左京さんには見られたくないものも見せてしまったし、朝食のお礼だってきちんとしておいた方が後々いいだろう。
同い年で通ってはいるけど、あの二人とも年上なんだよな。お爺さんはあんなだけど二人とも双子なのにまったく違う人みたいで――いったい誰に似たんだろう。
両親とも博士に二人を預けてどこかに行ってしまったのだと、聞いてはいた。それでもきっと彼女たちは両親の顔を知っている。面影さえ知らず写真の一枚も持たない自分からすれば――いや。思い直す。同じ天秤にかけてはいけないことだ。
アラタはしばらく無言のまま、珍しく青空をのぞかせた町田を歩いていた。アパートまではもう少しあったが今日は寄り道をしてから帰ることにしよう。近くに若い女性が好みそうな小物や焼き菓子が売っている店があったはずだ。
人口が減っても東京というだけで人はいる。詳しいことを考える余裕はないけれど、少なくなったらなったでそれなりに人は生きて、各々の生活というものを営んでいる。子供は「こんなもんか」という感じで平気で遊びまわっているし、大人は大人でやはり「こんなもんだろう」と生きている。
知れずアラタは自分の足がアパートへと向かっていたことに気づいた。
「やれやれ。買い物に行くと決めたのにこれだ」
女子二人になにか明日渡すものを買いに行こう。そして戸籍上で二十歳の自分はたとえ昼から一杯飲み屋に行ったとて、誰にも咎められたりはしないのだ。
横道に逸れる。
同じ頃、彼の住むアパート――そうはいってもひどく粗末な場所ではあるのだが――その近くを一台の車が通りかかった。今となっては珍しい空色をしたミニクーパーだ。
寒いし雨も降りましたしビールが値上げしましたし、階段で携帯をいじっていたら一段踏みはずした挙句足を捻って転びましたし。でもすごい。捻って「グキッ」って音までしましたのに私はいたって元気ですw