日流研の事情、の18(丸目長恵の場合、の11)
「年は――とりたくないねぇ」そう言って丸目長恵は喉をクッククッと鳴らした。
切鍔が招集をかけた形ばかりの有識者会議を中座して、佐藤次郎と連れ立ってビルを出ていく。切鍔は口惜しそうに二人の姿を見送っていたが、姿が見えなくなった途端に近場にあった椅子を思い切り蹴飛ばした。
「――そういやあんたとこうして並ぶのも久しぶりな気がするねえ」
「まあ、画面越しでは再三再四やりあってるがな」
「健勝そうで大いに結構」
「お互いにな」
丸目長恵と佐藤次郎。二人は一時期何かの拍子で結婚し、一児を儲けた。それは四方山ロボット研究会から人が減っていって、残された二人になってからのことだ。
「あんときは周りに『やけになって結婚した』とかよく言われたが、なんだね、当たらずとも遠からずだったとはいえ、あたしぁ実は後悔はしていなかった。あんたはどうだい?」
「さあな。少なくとも血は残った。まあ、悪くはなかったんじゃないか?」
佐藤次郎の言葉が障ったのか、丸目長恵の声が甲高さを帯びる。
「あんたのそういうところだよ。こっちが折れてやってんのに気づきもしない。そういうところがダメだったから結婚も上手くいかなかったのさね」結婚後も二人はそれぞれに各々の研究をやめなかった。子供ができたタイミングで佐藤が丸目の研究を一時休むように提案した時も、彼女は今のように声を荒げて耳を傾けることをしなかった。
「お前のそういうところを嫌って静音は孫二人をこっちに置いて行ったんだ」
「娘の話をここで持ち出すか」丸目が苦い顔をした。
「右京も左京も元気にしている。婆ちゃんとして会いに来てみたらどうだ」
「――冗談は顔と名前だけにしとくれ」
会うつもりはない、そう断ずる厳しい口調だった。
「俺は神宮寺時宗という今の名前を気に入っているがな?」
娘が成人して家を出て、民間警備会社――通称「ミンケイ」を立ち上げてやや経った時に、佐藤次郎は自身の名前を現在の神宮寺時宗に変えた。法律下での改名には条件が揃わなかったからあくまでも『自称』ということにしかならないのだが、その手の業界に神宮寺時宗といういかにもな名前は好評で、今では彼のことを本名で呼ぶものも大分減ってきていた。
ところで――と、神宮寺が話題を切った。丸目は隣りにいる男が我を通すように話を切る時は決まってろくでもないことが起きる時だと承知していた。それゆえ、じっと目線をやっただけで、黙る。
しかし神宮寺時宗はかまわず口火を切った。
「切鍔はどこまで気づいてると思うね?」
辣な言葉が神宮寺の口をつく。
「――とんだタヌキだよ。あんたやっぱりあの時ボケたフリしてやがったのかい!?」丸目は有識者会議でとぼけたそぶりを見せた神宮寺の姿を思い出していた。
「奴は――結構なところまで探りを入れているぞ。お前の調子づいた態度だとすぐに看破されちまうだろうよ」会議の最中に切鍔に差し込まれたことを言っているのだろう。釘を忍ばせた台詞を回してくる。
「だからってあたしは口を割らなかったろうが」とはいえ、自分でも危うかったという自覚はあった。言葉も短めに反論だけはしてみせる。
「これは俺の憶測でしかないが、カルマは――地球圏に戻ってきているぞ」
「――なんだって!?」丸目が目を大きく見開いた。
ベターマンという映画を見てまいりました。英国の歌手でロビー・ウイリアムズの波乱の人生を映画化したものなのですが、クリエイトする人間の苦悩をひたすら描いた作品でした。途中私なんかですと「まだやる?」というくらい執拗に生い立ちの不遇と産みの苦しみについて語りまわされていて、途中胃が痛くなるシーンが乱発されましたが、最後にはそれらすべてを克服してのハッピーエンド。覚醒剤とアルコールが創作者の基本みたいなノリの時代だったのでしょうね。私はよく知らないで観たのですが、彼の代表曲が日本では布施明さんが歌っていたなとw