日流研の事情、の17(丸目長恵の場合、の10)
「――え?それってどういうこと?」丸目長恵は文字通り目を丸く大きく見開いて、そのうえほとんど突っかかるような勢いでもって遥彼方ににじり寄った。
丸目とてたとえ末席であっても天才の分類に入る人間であるとの自負がある。その自分が想像のつかない遥の研究の新機軸にまるで思い当たる節がない――というのは、どうにも拭えない引っ掛かりがあった。よもや行き詰った挙句に非合法に走ったのではあるまいか――そう思いさえした。
遥が研究する同一個体のクローン化とその技術については倫理的問題の大壁をどうにかしない限り頭打ちになっている課題だ。現実的に実現が可能であるとの理論が確立されて久しいが、同一個体のクローン生成は未だにアンタッチャブルな問題にされたままだ。
「まさか――まさかとは思うけど、口にできないようなことじゃないんでしょうね?」丸目の口調からは『言葉を選びなさいよ?』という牽制が匂った。
「丸目さんはさ、人ひとりの脳のキャパシティーを演算機械に換算したおおよそを知っているよね?」
質問を質問で返すんじゃないよ――そう思いながらも「――まあ」と胡乱に返事をする。考えるまでもない。今この国にある最高機能のスーパーコンピューターを擁しても人間が一秒間で考えることのおよそ2000分の1しか解析できない――はずだ。人間の潜在能力はたとえ1ヘクタールの敷地を埋め尽くすコンピューターの束にも勝るのだ。しかし遥の言葉は丸目の想像を超えるものであった。
「僕の研究は人間のそれと=だ」
「――いやいやいやいやいや――」さすがにそれは盛りすぎというものだ。遥の言っていることはスーパーコンピューターの二千倍すごい計算能力を有したものを完成させた――あるいは完成間近にまで来ているということだ。それは自分と同一個体――すなわち人間のクローンを造れますよと言っていることに等しい。
「当然知ってはいると思うけど、人体クローンの生成は禁止されてるわよ?」
「もちろん知ってる」遥が即答したことで丸目は一瞬跳ね上がった溜飲が下がるのを感じた。
リスキーラインに抵触していないというのなら一安心ではある。が、遥は別の方法で同等の成果を見出したというのか?しかしそれは正直言ってにわかには信じがたい。しかし遥がそう言った出まかせを吹く人間でないことも丸目はよく知っていた。
「――なら話は簡単。あたしに出来る協力なら、いとわないわよ?」遥の提案が真実なら丸目にとってもウインウインなものである。それに個人的に研究に真剣に向かい合う遥に、丸目は興味や親愛以上の感情を抱いていた。
「丸目さんならきっとそう言ってくれるだろうと思っていたよ――でもね、成果の発表はもう少し先になりそうなんだ。頼めることができた時は遠慮なく相談させてもらうよ」
「――お、おう」
――はぐらかされた――?
そんな気配があった。気のせいかもしれないと――そう思い返したが、女の直感はこういった時にこそ最大の感度を示すものらしい。ほんの数日後、その時に感じた勘が正しかったことを思い知らされることになった。
遥が見知らぬ女性を連れてロボ研のたむろする居酒屋に現れた。連れられてきた女性は自分とは全く正反対と言っていいほどたおやかな、日本古来の好かれる女性像そのものを具現化したような女だった――。
彼女は月采女迦具夜。遥彼方の共同研究者として四方山ロボット研究会に入部した、極めて稀な女性だった。
ロボットが――出ない。やはりアクションシーンが多いほうが盛り上がるのでしょうか。私的にはバックボーンがきっちりしていた方が安心するのですが……。ご感想ご意見などございましたら
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