日流研の事情、の16(丸目長恵の場合、の9)
丸目にとってロボット研究会での時間は実に有意義であり自身の成長を著しく推進するものだった。それぞれの研究に対するベクトルが異なっているにもかかわらず、各々の不足部分を知れず補っている体制が部の居心地をより快適なものにしていた。
良い環境はより良い関係を築く土壌である。
誰が言った言葉なのか忘れたが、その言葉の通り、丸目はふとしたきっかけから遥彼方と話すようになっていた。最初に「気難しいやつ」と感じた彼の印象は日を重ねるごとに柔らかな印象に変化してきていた。
コミュニケーション能力過多のカルマラビーと偏狭な部分もあるが根の善良さを感じさせる佐藤次郎という頼れる先輩たちの存在も背景にあったのだろうが、ノンストレスの環境ですっかり棘の抜けた丸目の温和な人当りも遥の頑なさが緩んだ要因になったのかもしれなかった。
「丸目さんが考えている極地探索用のロボットの考え方は僕もいいなと思ってる。でも安全性の面を考えればどうしても有人に拘る必要はないんじゃないだろうか?」
「まあ、遥君の言うのはわかるよ。実際生もので極地探索は危ないもんね。でもね、人間のパートをロボットやコンピューターに置き換えちゃうてコトには、あたしはもろ手を挙げての賛成はしたくないんだよね」
「どうしてさ」
遥の言葉に対する答えを、丸目はゆっくりかみ砕くように頭で咀嚼していく。どう彼に説けば正確に伝わるだろうか。これまでの付き合いで感じたことだが、理系の遥は婉曲的な言い回しをどちらかというと嫌う傾向があった。結論からズバリ言うのがこの場合正解なのだが、あまりにも直接的な言い方は今度は丸目の方で好むことではなかったのだ。
感情に訴えかける回しで完結に――。思案して思い当たる。
「あたしは、なにか感動を得るなら生身であるべきと思ってる。それが新しい発見ならなおのことこの目で見たいんだよね」
うまく言えたかどうか、丸目は固唾を飲んで遥の顔色をうかがった。これまで生きてきて、彼女はこうして他人の顔色を考慮した言い回しをしたことがなかった。自分の発案は常に正しかったし、仮に同意されたとしても相手にはそれを実行する能力がなかった。自己完結しなければならない環境は、彼女から「相手の意見を尊重する」といった基本的なものを奪ってきていた。
ロボ研に籍を入れ、常に自分と同等かそれ以上の人材に触れることでようやく彼女は極めて基本的な事柄のひとつを手に入れたのだ。
「――なるほど。成程。成る程ね。それは確かにそうかもしれない。だが、だとすればそれは僕の研究がひとつ役に立つかもしれない」右拳のを下唇に当てて、遥彼方は瞬きひとつせず真剣な面持ちで何度も頷いた後、滑りこませるように呟いた。
遥の研究は簡単に言ってしまえばコピー人間の作製だ。自分と同じ思考、同じ行動をするモノを複数造り出すことで業務の効率を上げる――という建前のもとに始めた研究だった。丸目が知る限りこれまでは彼の思考を緻密にプログラミングしたロボット頭脳が上半身だけの機械人形に仕込まれただけのものだったはずだ。しかしそういったものは何年も前に発表された「生成AI」が一定以上の効果を上げていて、今では決して珍しいものではない。クローン技術の見地から人体の生成を唱えた学者も過去に居たには居たが、倫理的観点から凍結されたプロジェクトになっているはずだ。
しかし目の前の弱冠十七歳の天才少年は輝かせた目を閉じたりはしない。
「――実は、もしかすると、できるかもしれないんだよね」
「何を――?」
「これまでにはなかった角度で、僕の研究が」
――え?その言葉に、さすがの丸目も耳を疑った。
風の強い一日でした。在来線や新幹線が止まり、運休も多くなりましたし、高速道路でも通行止めが発生しました。皆様もさぞ大変だったことと思います。しかしながら私は、日がな一日ごうごうと鳴り響いた風の誘惑に誘われてついぞ外に出てしまいました。外ではつむじ風が道路を横断してきて私を包んできます。思わず嬉しくなって一緒に回ってしまいましたよw




