日流研の事情、の13(丸目長恵の場合、の6)
ロボット研究会の部室は外見こそ木造二階のあばら家のようであったが、その実、内部は頑丈な鉄筋コンクリートを内包した近代的なものであった。丸目長恵が部室の扉をスライド式と気づかず前後させた際にびくともしなかったのは、きっちり仕上げられた建造物特有の堅固な構造が付せられていたためだ。
「わざわざオンボロに見せてる意味がわからないんですけど」とこぼす丸目に、
「秘密基地とはそういうものと昔から決まっているのだよ」と佐藤次郎が青白い顔を歪ませる。
「施工は主に私がやったんだ」誇らしげに胸を叩く高円寺カルマラビー。
「まあ、カルマは暇な時間持て余していたからな」
「――失敬な。建物を内部から改造するのはそれはそれで大変な作業なんだぞ」
丸目長恵はひととおり部室の入った一戸建てを隈ぐままで見て回り、時に壁や柱を触ったりして一人頷いてみせる。
「これは一廉ですよ。補強というより古い建物の皮を被った近代設備です」到底一人でやったと言えるレベルの仕上がりではない。木壁を貼りつけた壁内部は石膏ボードなどではない得体の知れない材質だったし、柱の鉄筋だってはたしてどうやって搬入し組みあげたのかまったくわからない。
「まあ、少し窮屈なのは勘弁してよ」と笑うカルマラビーだったが、建物の建築や構造について少しかじってきた人間なら、ことの異常さに戦慄を覚えるはずだ。
たとえ大学構内に絨毯爆撃をされようと、おそらくこの建物だけは表面を焼かれただけで完全な形を保ったまま残るであろう。
「シェルター、ですよね。しかもかなり高密度設計の」
丸目長恵の視線を受けてカルマラビーは無表情を通した。ただ、追及を躱しきれないと悟ったのか「私の趣味なんだよ」とだけ答える。
そんなものが答えになってないことは丸目にもわかっていた。しかしそれ以上の追及をすることもあえて控えた。なんのことはない。自分よりあきらかに格上の存在がここにいて、彼らの日常にまだ自分が追いついていないだけなのだ。これ以上自分がはしゃげば、その分彼らの株が上がり自分の自負が下がる。
世界は――広い!
丸目長恵は歓喜が胸の奥で暴れるのを感じた。ここにいれば、いやここであれば――自分の研究が前に進む。そう確信した。
金髪でチャラそうに見える中年も、若ハゲの骸骨も、少なくとも今は自分より同格以上だと感じた。意図せず丸目の顔は知恵熱で火照り、感極まった身体は、戦前の武者のように、震えた。
「――で、丸目サンはロボ研に入ってくれる――でいいのかな?」カルマラビーが一応の確認を丸目に促した。「よろしくお願いします」丸目長恵が即答する。
「そういえば、もう一人、君と同い年の飛び級の子がここに来るはずなんだが――」ふむ、とカルマラビーが思案する表情を見せた。ここまでの道程でそれらしき人物は見ていない。
「ああ、お嬢ちゃんのせいで忘れてた。カルマ、そいつならもうラボに行ってるぞ。入学式にも出ずにいきなりこっちにトラックで乗りつけてきて、勝手に自分の機材を運び込んでた。今年はピンポイントでヤバいのが揃ったな」佐藤次郎がニヤリと笑う。
「そういう暴挙はひとまず止めろよ。見られて困るやつだって多いんだぞ」
「いや。そいつ、ちゃんとその辺は心得てたぞ。玄関先からは荷物を全部、自搬してた」
ふうん、ならいいか、という感じの声をカルマラビーは洩らす。
「研究室ですか――?」喰いついたのは丸目長恵だった。建物内はひととおり見て回ったはずだがそんなものはなかったはずだ。頭を逡巡させている。
「ラボといえば、やっぱり地下でしょ」カルマラビーが悪戯っぽく笑ってみせた。
うららかな春の日和には屋外で飲むビールが美味しいです。まだ桜は咲いていませんけれど、今年は満開の桜の下で宴会などしてみたいですね。ゆったりとした温かな風が夜の帳を少しばかり和らげてくれたら杯もすすもうってなものですw




