日流研の事情、の11(丸目長恵の場合、の4)
見知らぬ女から唐突に自分の名が口から出ても、目の前の男は全く動じる気配がなく、それどころか興味深げにこちらの顔を覗きこんできた。
これが高円寺カルマラビー?
丸目長恵は自身の抱いていた像とあまりに差のある目の前の美青年、あるいは美中年が正しいか――を前に彼女は見据えられたカエルのように固まっていた。
「私は蛇じゃないよ?まあ、そう硬くならず。――で、あらためてだけど、君はいったい誰ちゃん?」
心を透かす言葉に柔らかな言い回し。あきらかに手慣れた距離の詰め方に、丸目はさらに体をこわばらせた。これまで丸目は男性に対してマウントを取ることはあっても取られたことは一度としてなかった。
――甘かった。
田舎の、しかも自分より劣る相手だったからこそ強気でいられたのだと思い知らされる。現状で彼女は、この状況下でイニシアティブを取り返せる自信がなかった。
高円寺カルマラビーは、小さく息をこぼした。その目から丸目に対しての興味が失せた――そう見えた。
だがそれは、その行為は、丸目長恵の消えかけた戦意に火を灯す行為だった。
「よぉく思い出すことだ!あんたが――そもそもあたしの論文にケチつけたんたんだろうがね!」
剣幕に、カルマラビーがひるんだのがわかった。
「去年あたしの書いた論文に『やれ考察が甘い、だの、検証時間が少なすぎる』だの言うてかす。あたしがどんだけなんぎいして書いた思ってんねや」
息を荒げて一気呵成にまくしたてる丸目長恵に、カルマラビーは目を丸くして行動を止めた。
「――なんて?」
「――なんててッ!」
思わず方言が飛び出していたことに丸目が気づき、羞恥に顔を染める。
「ま、まあ。じゃあ、とにかく中で話をしようか。立ち話は疲れるし」カルマラビーに他意はない。仕切り直しを提案したつもりであったが、目の前の小さな怪獣はそうは捉えてくれなかった。
「そう言って中に連れ込んでわんさするつもりだな。その手に乗ると思うなよ東京モンがッ!」
完璧に理解できたわけではなかったが、少女の言いたいことがなんとなしには伝わったカルマラビーは「じゃあもう帰れば?」と投げやりかつ面倒くさげに言い放つ。
「――あたしはッ!論文の評価に納得してここに来たのッ!カルマラビー!あんたの意見をあたしが、この耳でじかに聞くためによッ」
「ええー。それはさ、困ったなぁ~」カルマラビーは端正な顔を歪ませて頭に手をやった。思い出すもなにも彼は他人の論文にこれまで批評なんて送ったことはなかったし、そんなキャラじゃないことも自身、よく理解していた。
しかしこの雰囲気の中ではいくら真摯に誤解冤罪だと訴えても、おそらく彼女は聞く耳をもってはくれまい。
なんだこの降って湧いたようなとばっちりは!
手足をもがれた気分になって――思いきりカルマラビーは落ち込んだ。
コロッケが――揚げたてでもないのにサクサクなのはどんな呪文をかけられてのことなのでしょう。本体はすっかり冷えているのに、口内をこれでもかという具合にザリザリの衣が襲うというのはなかなかに体験しづらいことだと思います。しかし『美味しい食べ方』と書かれた指南書にはレンジにてチンとのこと。大丈夫なのか?カリカリサクサクが損なわれたりはしないのか?ひどく気になります。これから三つのコロッケを指示通りチンします。『北海道産とうもろこしのクリームコロッケ』と『堺港水揚げ紅ズワイガニの蟹クリームコロッケ』、それに『宮城県産帆立のクリームコロッケ』。はたして食感を失うことなく完璧に美味しいものを提供してくれるのでしょうか!?待て!後半(冗談ですw)