日流研の事情、の9(丸目長恵の場合、の2)
丸目長恵が人生で最初に好意を持ったのは、自分と同じ”飛び級”で大学に入ってきた遥彼方にだった。小学生の頃から飛びぬけた才能を示していた彼女は、同学年の子等との会話に共通点が見いだせず孤立してしまっていた。精神的に幼稚だなと感じてしまう子供相手に恋愛感情など湧くはずもなく、一人で本ばかり読んでいたせいもあってか、中学の時にはすでに大人顔負けの論文を書けるまでになっていた。
「人間関係なんか、いずれどうにかなるでしょう」という彼女の思惑とは裏腹に、同級生との溝は時間の経過とともに深くなっていって、孤独な時間はさらに増えていた。いくつもの新しい論文を発表し続ける彼女の才能には当然のように白羽の矢が幾つも立った。だから東京でも有数の超有名進学校から奨学金付きの特待生として招かれた時、丸目は「これ幸い」と地方からの上京を決めた。
頭のいい人たちが集まる場所であるなら自分が変に悪目立ちすることもなく、森に生える木の一本になれるかもしれないと信じたからだ。しかし期待して入学したその高校でも、わずか数か月で丸目は孤立してしまう。
残念なことに、丸目は生え抜きが揃っているはずの高校においてもやはり抜きんでて優秀だったのだ。
自分がようやく大衆に埋もれるのではないかと期待していただけに彼女の落胆は大きく、これまで我慢し、溜めに溜めてきたフラストレーションが爆発するのにそう時間は要らなかった。
「こんなこともわからないなんて、あんたたち揃いも揃って間抜けなの?本当に意味が分からない」
授業中に教師から出された問題は、その教師の底意地の悪さを象徴するようなひねくれたものであったが、名のある教授でさえ少し首を捻るであろうほどの難問ではあった。多くの生徒が音をあげ「こんなの範囲にないじゃん」と負け惜しみを口にしたのが丸目の気に障った。難しい問題には違いなかったが、日頃から基礎を丁寧に積み重ねて自分なりのロジックを構成できていれば解けない問題ではなかったからだ。学問をただの大学進学のための暗記にしている姿勢に彼女は腹を立てたのだ。
しかしそんな彼女の真意に気付ける者はいなかった。
それどころか、多感で己の尊厳をゆらゆらした水槽の中で決めかねている年頃の人間に、この一言は稲妻のように突き刺さった。それまで中立を保っていたそこそこ話のわかるグループやクラスメートたちもこのタイミングで「なんでアイツ超上からなワケ?」「そこまで言わなくてもよくない?」と丸目に反目し、一気にその輪を拡散させた。
内心では「しまったな」と感じた丸目だったが、そこは身体に鋼が何本も仕込まれたきかん坊「丸目長恵」だ。即座に開き直ると、ずかずかと教師のいる壇上に歩み寄り、誰も解けないだろうとたかをくくった問題の解答を黒板一面に目一杯展開した。
チョークが摩擦で白煙を散らす。
書き終えた後、チョークを教師に渡し、「これで合ってますか?」とすっきりした表情で汗を拭う。
「――ぱ、完璧!」
でしょうよ――。鼻を一度だけ力強く、ふんッ!と鳴らし、呆気にとられているクラスメートの顔をひととおり眺めた後で、丸目長恵はそのまま教室を後にした。
一年後、彼女は高校を飛び級して、都内有数の名門大学の門を叩くことになる。
そして最初に戻る。
彼女は同じ飛び級生の遥彼方と出会うのだ。
長年買い続けている漫画の単行本がありまして、読んだ後どこかに放っておくと見当たらなくなることってありませんでしょうか?私などはことに単行本化まで一年以上たっていたりすると、内容も胡乱になってしまっていて、果たしてこれは読んだだろうかという猜疑心にかられます。で、裏表紙に書いてあるあらすじを見て「買ったかな?」と「どうだったけな」とまた悩むのです。本屋さんでは基本ビニールカバーが本一冊ごとにされているため中身がわかりません。意を決して買うとこれが結構ダブってしまっているという。今日もまた一冊、ダブってしまいました。店員さんに一言「内容見てから買ってもいいですかね?」と言えない小心者ですw