日流研の事情、の7(マレの場合)
皆の手前ノーシェイプのガチャポンの一つを接収されたことに不満を洩らしてみせたマレだったが、実はそのこと自体はどうでもいいことであると内心ではしっかり割り切っていた。彼女は皆の目の前で自分の意見を声高に発したことで次に起こる反応を見たかっただけだ。静謐に静まり返った池に石を投じてその波紋を見るように――である。
つまりそれは丸目所長以下、日流研ロボット部門の全員に向けた――マレが放ったソナーであった。
マレの目的は、日本に来てからこれまで、いっさい揺らいだことはない。
大金を稼ぐこと一択。
今でこそ送ることができないでいたが、故郷にいる家族への仕送りはすでに相当額、積もっていた。それでもなおマレは貪欲に金を稼ぐことをやめようとはしなかったし、またやめようと思うこともなかった。
「お金がすべて」
時に明確に彼女はその言葉を口に出した。それを周囲が快く思わないだろうことも知ったうえで、それでもあえてそれをおこなってきた。
自分の発した言葉が相手に当たって、撥ね返ってきたものを冷静に分析し、彼女なりの予見をあらかじめ立てたうえで行動する――そうやってこれまで無事に生きてきた。
適時にソナーを打つ行為は、いわば彼女の生き方に直結する行為だった。
ダオを含め、彼女を取り囲む多くの人間が「マレは勘が良い」と言う。しかしマレに言わせるなら――もちろん彼女がそんなことを口にすることは決してないのだが――たえず周囲の顔色を窺ってその隙間を抜かりなく進んでいるからに過ぎず、その行為自体を続けている彼女に四六時中重石を与え続けてきていた。
物事がもっと単純に、澱みなく流れてくれればいい。思ったことを表面に出して言い、実行する人間ばかりが世の中に溢れていて、その行為がたとえ間違っていても真っすぐでありさえすればどれだけ生きやすい世の中になることか。
虚飾し、修飾し、ありもしない下駄を履かせた立ち位置で相手を下に見て無為に貶めたり、相手の手柄を嫉んだり羨んだり、比較にもならない対象相手に決して勝てない丈比べを挑む世界に、マレは少なからず倦んでいた。
それを全部解決できるのは「金」だ。
どうにも極論であるし、おそらくこれもまた正解ではないだろうことはマレ自身がなんとなくわかっていることだ。しかしながら裕福は精神を穏やかにしてくれるし、家族の幸せにもつながる。
そうに決まっている。
娘が欲しくて毎年子を孕む狂った母親も、金があれば視点を別方向に向けてくれるかもしれない。日本に行く直前にした話で、母は「またあんたの兄弟が生まれるわ。野球チームどころかサッカーチームが組めそうよ」と、十人目の男子懐妊を誇らしげに語っていた。
猫の子のように次々と父親が知れない子供を産む母親の生き方をマレは嫌って故郷を出た。自身の資質もあったのだろうが、マレがレディーボーイになった理由も母親の影響あってのことだと彼女は思っている。
太陽風の影響で故郷と完全に音信不通になったことはマレにとって幸いだった。
時折考える。彼女はまだ遠い空の下で男子を生み続けているのだろうか。それともようやく子供ガチャで当たりを引いて、子供を量産するという狂気から脱却しているだろうか。
それはマレにはわからない。仮に今、故郷へ連絡できる手段があったとしても彼女は故郷に連絡したりはしない。
マレの中の母親は、これからも未来永劫彼女の中で子供を産み続ける。故にマレは金を稼ぐことをやめない。
しかし、おそらく自分が死ぬまでマレは自分の兄弟の姿を見ることはないだろう。マレが放つ唯一当たるあてのないソナーは今日も心の闇の中にすうっと消えていく。ソナーの音がを返って来ないのを確かめて、彼女はようやく一日の末に安堵を得るのだ。
原作と映画とかドラマの解釈がずれることを書いてる人がどう考えるのか。読む人によって解釈が異なるとしても結末は一緒なわけで。私が仮にどなたかの小説をリメイクしたら多分に形が変わるんですよね――あ!それは二次創作というのではないですか?わかっちゃいましたねw