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日流研の事情、の6(小笠原ミルの場合)

 小笠原ミルの日常は極めて健康的だ。朝は五時起きしてストレッチ。その後雨天でなければ島内をジョギングする。内地にいた際の朝食は米飯が多かったが、八丈島に来てからはもっぱらパン食に切り替わっていた。日流研が流刑の島で知られた八丈にあることは聞きかじっていたものの、しばらくの間は魚中心の食生活に慣れず、ほとほと苦労させられた。


 穏やかそうでいいじゃない。海に囲まれてるし、空気も風景も素敵じゃない――。時折連絡する友人は思ってもいないような口ぶりで島のことを褒め「東京は今ひどいんだよ?」と定型文のような末尾でそう締めくくる。


 今日も今日とて厚い雲が島の空一面を覆っていた。太陽風の影響とか銀河宇宙線がどうとか、彼女のまわりにそういった話を口に出そうものなら延々と語り続ける連中が多かったせいで、小笠原ミルはそういった話題が出るたびにその場から離れることが常になっていた。ただ、四十年前くらいに騒がれた地球温暖化については最近語られることが少なくなってるな――とは思っていた。


 「まあ、これだけ雲が多いんだから気温だって上がらないんでしょうね」


 生活は不便になっているが地球にとってはいいことになっているのかもしれない。それでも日焼け止めは欠かさない。乙女の肌はデリケートなのだ。


 ひとしきり塗り残しを確認して、外へ出る。潮の香りのする風が心地いい。今日は島を北回りに半周するつもりだ。朝早いこともあったしもともと人の多い島ではない。都道215号線の真ん中を遠慮なしに走る。車通りの多いところでは決して真似することのできない行為もここ八丈ならそう問題もなかった。

 右手に木々、左手に珍しい石塀で区切られた登り斜面を見ながら走ると、その単調な風景は彼女の集中力をみるみる研ぎ澄ませていく。


 ノーシェイプシリーズ。ことに現行のmkⅡに至っては、スペック上もはや月面での長時間単独行動が可能な数値がはじき出されている。アタッチメントを交換することで局所活動に対しての汎用性も高く、今や()()()()()()()マシンになりつつあった。


 「事が()()()()()()思惑通りに進んでいるのはわかるけど。後はパイロットの問題だけなのかな。ヱリからも連絡は来ないし。天文台はいつまで私をこんな僻地に潜入させておく気なんだろう」

 もしかするともう用済みなんてことはないんだよね、などと余計な不安まで頭をよぎる。


 途端、道の両脇を挟み込んでいた木々のカーテンが消え、前方の視界が開ける。緩やかに左に曲がる道路の正面に海が広がっていた。右手に浮かぶ小島は八丈小島といったか。


 厚い雲の向こうに大きな光があるのが見えた。太陽がおそらく――昇ってきているのだろう。

 

 「所長は、やっぱりパイロットを()()()に決めてるんだろうな。ということは私はそのパイロットを確保するまで、ずっと、この島から出られないのかな」

 走る速度が徐々に落ちて、やがて、とぼとぼと歩きだす。

 今の職場にまったく不満がないとは言わないが、おかしなタイ人二人はそれぞれいい人だし、管制官の鉄面皮だって優しくしてくれる。魔女と間違えそうになるほどの迫力がある丸目所長だって怖いのは外面と大声を出す時だけだ。


 ――そんな人たちを私はいつまで欺き続けなきゃならないんだろう。


 小笠原ミルは、とりあえず肉が食べたいと思った。クサヤ()じゃなくて肉。それと新鮮な野菜も食べたい。いろんな種類のレタスで肉をほおばりたい。苦くてちょっと苦手な明日葉(あしたば)なんかじゃなく、パリッパリのサラダにドレッシングをバァーッとかけて満足のいくまでお腹をいっぱいにしたい。


 そうすれば、おなかの底でじくじくとしている罪悪感だって、少しは押し出されて消えてくれるかもしれない。今度の定時連絡では絶対に肉と野菜を送るよう頼んでやる。小笠原ミルはそう心に決めた。

お刺身が食べたくて買い求めに行ったんですが。「え?なにこれ高くない?」正直買うのを控えようと思いましたが、いただきものの日本酒のアテにはやっぱり魚なんですよね。お鍋も捨てがたいのですけれど、水分過剰かなと。せめてツマ(大根の細切り)で誤魔化すのをやめてほしい。中身が少ないのが際立ってしまうのでw

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