武蔵野TVの事情~有野ナンシー(31)の場合の、3
まだ経験値の低い初心な少年――。有野ナンシー(31)がまずはじめに大地駆に抱いた印象だった。
視線の落ち着きどころのなさ、挙動のぎこちなさ、まだ確か二十代前半だったはずだ。
まあ、目のやり場には困るでしょうね。心中でほくそ笑む。山野辺ほどあざとくはないが、有野の服装もなかなかどうして身体のラインを強調しているものだ。
ブスより美人の方が良く、デブよりはほどよく引き締まった肉体である方が情報を得るためには有利――有野の持論だ。それゆえ、彼女は日々自己研鑽を欠かさない。ストレスで意識が飛ぶほど吞んだくれた次の日も、寝起きのヨガとストレッチは必ず出社前におこなっていた。自賛ではあるが、年の割に出ているところがだらしなくなっていない自信はあった。
それにしても、だ。大地のきめ細やかな若い肌は、三十路をくぐった女の目には毒づいて映る。なまじっか整った顔のつくりも、若さという魔法の粉ひと振りで十倍にも百倍にもなる。
大学を出て一丁前のキャスターを目指して武蔵野TVの門を叩いてからもうすぐ十年になる。その頃は放っておいても群がってきた若い男の数は激減し、ともすればセクハラまがいの讒言を平気で口に出すデリカシー皆無の中年男どもが有野の視界に多く目につくようになってきていたのは――残念なことに気のせいではない。
しかし、引き時を誤ったか――などとは今更口に出せない。モテモテのキャスターになってそのまま三十前に有名人とゴールインする――なんて夢は三十というテープを切った際に潰えてしまっていた。
だからこそ薄手で短めの丈を意識したコーデに視点の定まらない若い男の目が、今の有野には貴重なエネルギーに変化する。近くに寄るだけで若さを浴びている気になれた。
「お疲れだったでしょうにわざわざ来てくれて――」長い髪をかき上げる。大地の鼻がピクリと反応するのを有野は横目でとらえる。もちろん行動のすべては情報を得るためであるが、こうなると目的のもう半分は自身の若返り効果のための儀式といっても言葉が過ぎるなんてことはないだろう。
さておき、まずは仕事だ。
近くを通った店員を呼び、オーダーをつける。
「大地さん――そうお呼びしても?とりあえず乾杯しましょうか。お酒はいけるクチです?」
「――ええ、まあ――」
大地の返答を了と取った有野が「とりあえずビールと――」そういってテキパキといくつかの注文をする。有野にとって待ち合わせ場所に指定した居酒屋は彼女の「ホーム」であった。もちろんそれは最後の手段であるが、彼女がスタッフに目配せするだけで飲み物になにかしらの細工をほどこす真似も可能だ。
「――慣れてるんですね」ようやく有野と目を合わせた大地が、照れた表情を見せた。
「――まあ。私の職場から近い場所だし、それにお客ががやついてるところの方が盛り上がるでしょ」あざとさひかえ目に、笑う。
「ところで――」酔う前に訊くべきことは訊いておく。有野はほんの少し切り口を迷ったものの、無難に「どうしてミンケイに入ったのか訊いてもいいかな?」障りのなさそうな言葉を選んで滑りこませる。中ジョッキがタイミングよく運ばれてきて、流れで乾杯した。
ひと口含んで上唇を泡に染めた大地が「沁みる」と表情に出した。
へえ、と感嘆の声を、あえて上げる。
「まだ若いのにビール、イケるんだ?苦手な人、最近多いよね。特に若い人たちなんかはさ」
肯定と感心、それとあえて明確に「苦手」、「若い人」というワードを入れて会話を紡ぐ。耳にあらかじめ差し込んでおいて、相手の反応を確かめるためだ。初見の相手が嫌うワードを冷静に見極めるための有野ならではの工夫だ。
「――そうですね。俺のところはビールを飲む人多いですよ」
「――先輩?」
「そうですね。大鳥さんとか大平さんなんかはほとんどビールですね。あ、あと所長――あ、神宮寺博士も、飲みますね」
――そうなんだぁ、と気のない相槌を打つ。彼からの警戒心をまるで感じない。
これは楽勝だわ、と有野はほくそ笑んだ。
明日からまた新しい映画が封切りですね。個人的には「ウィキッド~二人の魔女」は見たいかなと思っているのですが、あえてお涙頂戴の「35年目のラブレター」も気になります。そういえばまだキャプテンアメリカも見ていませんし「メカバース・少年とロボット」も少しばかり気になります。困りましたw




