武蔵野TVの事情~有野ナンシー(31)の場合の、2
この二年比較的平穏な時間が過ぎていたこともあって、かつて吉祥寺に現れた光の巨人のことなどは世間の記憶から忘れられようとしていた。あの日以来光の巨人が姿を見せることはなく、一部で「あれはフェイク映像だった」とまことしやかな噂が流れたこともその一要因になっていた。
しかしそんな中にあってこの話題をいまだに風化させず追いかけていた女がいた。それが誰あろう「武蔵野TV」の自称キャスター、有野ナンシーだった。
時代はいつだって話題の変遷を繰り返している。比較的平穏という時間の中にあっても、ショッキングな事件は決して少なくはなかった。常になにかしらの問題が起こるのが世界であるし、それをななめから切り取って無粋に加工する仕事こそ、彼女の所属である武蔵野TVの望むところであった。そのため、局の中ではもう二年経過してなお光の巨人を追い続ける彼女の行動を疑問視する声は多く、明確な悪意を持って後ろ指を指すものだって局内には普通にいた。
後輩にあたる山野辺カンナ(24)などはその急先鋒で、局内で有野と顔を突き合わせるたびにあからさまな嫌味をぶつけてくる。
「先輩がぁ、いまだに光の巨人の追っかけとかしてるとぉ私の仕事がぁそのぶん増えるんですよぅ?そこのところぉご理解いただけてますぅ?」
同性が十人いれば、おそらく十人ともが背中に悪寒を覚える特徴的な話し方。
しかし男性視聴者を中心にその喋り方が大衆には支持されたこともあり、今や山野辺は局のトップキャスター然として振舞っていた。派手目でボディーラインのはっきり出る服に細く長い脚。おそらくわざとであろう腰の振りで、いったいどこで情報を得てくるのか、ファンを称する追っかけが取材先まで現れるほどの人気ぶりだ。
「もおぅ、先輩の?時代は終わったっていうか?三行っちゃった人はいいかげん裏方に回った方が良くないですかぁ」
山野辺がこうも執拗なのには訳があった。なんのことはない。局にまだ少数ながらも有野を支持する男性社員がいたからだ。彼らは山野辺の再三にわたる挑発的な誘惑に一切耳を貸すことがなかった。彼らの真意を測ることはできなかったが彼女にはそれが途轍もないほどに面白くなかった。
いつかこのマイナーな地方局のアナウンサーを足掛かりにメジャーになろうと画策する山野辺にしたら、路傍の石ごときに躓くなんてことは、とても赦せることではなかったのだ。
さらにそのことを二年前涙ながらに(もちろん嘘泣き)相談した有野に「アホくさ」と、まるで見透かしたようなあきれ顔で一蹴されたこともあって、彼女のプライドを傷つけた黒歴史として今となっては歪にこじれていた。
「話がそれだけならもう行ってくれない?私はキャスターなの。あんたみたいなアナウンサーのなりそこないみたいのを相手にする時間、正直言って――ないのよ」
まるで虫を見るような目で、有野は山野辺を一瞥した。
「――誰がなりそこないよっ!ちょっとばかし乳がデカいからって所詮あんたはオバサンでしょうがよ!こっちだってあんたみたいなロートル相手にしてる時間ないんだよっ!」
人の皮を剥いたような形相で山野辺が喰ってかかってきた。その剣幕に少し前の色めいた飾り言葉の姿はない。
「――素が出てるわよ」
立ち去り際に有野はせせら笑った。そうか、こいつ自分の胸が詰めものなのも気にしてんだ――。こんなのに騙される男なんてホンモノじゃあないよ。まだ背後で負け惜しみのような金切声は聞こえてくる。
「男ってホント、見る目ない奴が多くて笑っちゃうわぁ――」
雪が降るのならFullで降れと、妙な駄洒落が口をついてしまい、反省しております。でも午前中まで降っていた雪が午後には雨になり、足元をスライムの死骸のように覆うのをおぼつかない足取りで体感すると、こんなになるならいっそ降らなければいいのにと思ってしまいます。車が緩くなった雪の上をごうッと走るたび飛沫がかかるんですよ。私は偉大な歩行者なんだよ?と叫びたくなるのを我慢しますが、仏ではないので二度目でたいてい、キレますw 皆様もお足元にはご注意くださいませ。車を運転する方は歩行者の立場へのご理解ご協力をこころからお願い申し上げますw




