武蔵野TVの事情~有野ナンシー(31)の場合の、1
時は少しばかり遡る――とはいっても大幅にではない。数日のことだ。
待ち合わせの場所に先についたのは意外にも大地駆の方だった。待ち合わせ時間である午後六時はすでに過ぎていたが、相手より先に到着できていたことに大地はひとまず安堵の息を洩らした。結局、ミンケイバーが町田市の事務所に帰投したのは午後四時をやや回った時刻だった。
期待していた時代劇再放送のオープニングに間に合わなかったことで佐藤右京はふくれっ面をしたままだったものの、葛西臨海公園での大立ち回りを無事に(?)全うしたメンバーの士気は高いままで、あわよくばこのまま二回戦目にも突入できる勢いだった。
チームを迎えた神宮寺博士も終始顔が緩みっぱなしで、これからミンケイバーの壮大なメンテナンスと――これは現時点で彼が知る由もなかったのだが――隣県の施設を破壊したかどで莫大な賠償金を支払う残酷な未来が待っているとも知らずに――諸手を挙げて待ちかまえていた。
博士のハグを華麗に躱し「先に上がるわ」と大地。とりあえずバイクで向かうとしても、どうにかシャワーを浴びる時間くらいは残っていそうだ。顔には浮かれた男子特有のほわついた間抜け面があらわになっていた。
――これはデートかな。そういえば約束があるとか、言っていたっけ。
月影アラタが様子からあらかたを見透かして、呑気なことだと短く鼻を鳴らした。同時に寂しそうな表情も浮かべる。あれからもう二年経った。彼らは変わらず元気だろうか。もっとも今となっては、あらためて顔を出す勇気もないけれど。ひっそりと笑う。
アラタとは対照的に、上機嫌をまるで隠さない神宮寺時宗の高笑いが、アラタの頭の中で、鐘のようにこだました。
大地の待ち人――彼女が現れたのはもう整えるところが見つからないくらい身支度をし、とどめとばかりに前髪を指で縒っている最中だった。
「――ごめんなさい。待ちましたよね――?」
齢の頃は二十代後半か、あるいは三十前半か。とにかく肌の角が曲がりつつある年齢であることがわかるものの、ちょうど色気が堂に入った体の女性が。
「――あ、いや。待ったというか。それほどでもなかったっていうか」
目のやり場に困る大きく胸元の開いた薄手の服装に、若干22歳の若者の視線が釘付けになる。
「――いや、待ってなかったといえば噓になるんですが、それほどは待っていないっていうか」
しどろもどろになる大地の反応にその女は大人の余裕をもって言葉を、紡ぐ。
「――ごめんなさいね?今日の取材がどうしても押しちゃって。お侘びといってはなんだけど、一杯目は私に御馳走させて?」
「――あ、いや。女性に奢らせるわけにはいきませんよ。いちおう、それなりに給料は、貰ってますので」
「ごめんなさい。私ったら差し出がましいことを口走ってしまって!大地さんはあのミンケイバーのエリートパイロットなんですものね!」
「――あ、いえ!そんな凄いモノじゃ!」
「――とんでもないですよ。今日だって江戸川区で大活躍だったじゃないですか!大地さんの活躍、私も見たかったなぁ」
完全なおべっかであったが、あからさまに女性経験の少なそうな初心な反応を返す大地に、女は年上らしい手管を絡めてくる。
ホント、チョロい――。
女の名前は有野梨代。武蔵野を中心に発信しているローカル局『武蔵野TV』のキャスター。有野ナンシーである。
明日からまたお天気下り坂。もう雪は要らないですね。雨も、個人的にはあまり好きではありません。かといって晴れた日もさほど好きではなく、曇りの日が好きなわけでもありません。強いて言えば「風が猛然と吹く日が好きです」変わってますでしょう?w