インターミッション 切鍔競の場合の、5
遥彼方の研究――それは、「他のメンバーに比べれば実につまらないもの」と彼自身が言っていたものだ。医療において代替細胞を培養することで欠損部分や罹病部位を再生する治療法が目覚ましかった最中、確かに彼の研究は非現実的で子供じみた妄想入りのものに思えなくもなかった。
しかし彼の研究が実を結ぶことがあれば、カルマラビーが入れ込む宇宙進出や深刻な人口減少に歯止めがかかるばかりか、人類がワンステップ次の次元へ踏み出すことも可能――いや、不可能ではなかったはずだ。
「人類不老不死化計画」
なんとも安直で悪趣味な命名だったが、言葉自体にそれほど関心を示さなかった遥彼方らしいネーミングだよね、と言われれば、その名称は彼の彼らしい匂いを確実に孕んでいた。
彼の研究は、人間の記憶――ひいては行動のすべてを完全にコピーした人類の創出だった。
あらかじめ別に用意しておいた人造人間にオリジナルのこれまでの記憶をコピーした媒体を移植して次代に命を繋いでいく。
劣化した身体が使い物にならなくなれば、脳を取り出して再び新しい肉体へ移す。それを繰り返していくことで彼は人類は次のステージへ進化していけると信じていた。
無論、そんな倫理や道徳的観点からみても非現実的で狂った研究が世間に表立って受け入れられるわけもなく、まだ十代の若造の提唱する夢物語は当然のごとく頓挫の現実を見ることになる。
しかし現実世界においてすでに使いきれないほどの既得権益を得た一部の富裕層は、やがて訪れるであろう自分の死を受け入れ難しと判ずるや、一縷の望みを託して遥の研究を影で支援した。
「人ひとりの記憶を機械に記憶させようとするなら量子コンピューターばりの施設がいる――それは現実的じゃない。単なるおためしとしての研究ならそれでもいいだろうけれど」
「記憶媒体を持たせた液体を使ったらどうかしら」
これは丸目たちもずいぶんと後になって知ったことだったが、遥と迦具夜はしばらく前からサークルメンバーには告げずにあくまでも秘密裡に研究を重ねていた。そこには画期的な研究を横取りされないためのパトロンの意図が絡んでいて、秘密を共有する助手として迦具夜がついていた。
当時まだ機械処理に頼りきりだった研究を、遥たちは新しい切り口――バイオロジカルの分野にシフトさせた。迦具夜の思いつきのような一言であったが、それを遥は夢物語と断じることなく追及していった。
その研究はこの時点でけっして表に出ることはなかったが、滲み出る遥の雰囲気に刺激を受けた四方山の連中は何かを感じたのだろう、各々自分の信じる方面の研究に時間を割くようになっていった。
「丸目――おまえマリアナ海溝の底にある水を今すぐに採ってこれるロボットって造れないかな?」
「まだ、無理じゃないか?」支援なしの単独有人探査機で深海一万二千mを自由に行き来できるものはおそらくまだ現存していない。「――でも!」この時遥が口走ったこの思いつきのような言葉で、丸目は何故だか、いかな極地であっても探索生還のできるロボットとの研究をしようと決めた。
カルマラビーも、おそらく次郎もあの頃の遥になにかしらの刺激を受けていたに違いない。思い返せば、そのあたりから四方山ロボ研は段々とメンバーの集まりが少なくなっていったように思える。当初丸目は、遥を連れて雲隠れした迦具夜こそ四方山ロボ研崩壊の諸悪と考えていたが、あらためて考えて見れば別の視点が顔を出してくる。彼女はたまたま誤解を生むタイミングに投じられた石であり、関係が千々になった本当の理由は、結局互いの見据えた目標が別の方向だったとわかったからなのではないか。
そう考えると目の前のこのいけ好かない若造のおかげで、長年に渡ったあたしのわだかまりは解けたということになる。
――気に入りの同級生を横から搔っ攫われたから――だけじゃなかったってことかね。
この坊やには、感謝しなければなるまいね。顔の皴がいっそうクチャっと深くなるほどに、丸目は笑った。
「――遥の研究?――あたしぁそんなものは知らないし、興味もない。あたしは日流研の『女傑』丸目長恵だよ?あたしの専門は極地専用どこでも耐えられるロボット造りさね」
感謝はするが、仲間のことを知った気で赤の他人に引っ搔き回されるのは性分じゃない。謎があるならそれはあたしや他の四方山ロボ研の連中が解くべきで、少なくともあんたの役じゃあない。
再びニヤリと笑って、丸目は切鍔の詰問を真っ向から突っぱねた。
映画館で見ることが叶わなかった映画「ダンジョンズ&ドラゴンズ」思ったよりお安かったのでAmazonでポチってしまいました。これを書き終えたならすぐ見ようと思うのですが、果たして映画評価通り(なんだか高評価)の代物なのでしょうか!?今から楽しみですw