インターミッション 四方山話の、3
月采女迦具夜は齢十八とは到底思えない不思議な落ち着きを持った女性だった。本来であるならまだ『少女』といって過言のない年齢のはずであるのに、いざ彼女を目の前にするとつい言葉が丁寧さを帯びてしまう。
であるので、彼女がサークルに顔を出している時と不在の時ではメンバーの会話の質が乱高下することが多々あった。
「いやあ、まったくもって不思議な女性だな、彼女は」部長のカルマラビーもどうしてそうなってしまうのか謎だと頭を掻く。
「とにかく彼女は雰囲気がありますよね」言葉から下卑た要素が排除された佐藤次郎のセリフがこれだ。
「間違っても姫の前で下ネタなんか口走ったらだめよ?」丸目長恵の言葉にも今までは皆無だった気遣いらしき気配が漂う。
彼らギークな四方山ロボット研究会とはそもそも生きる世界線が異なる存在であったためにこれまで知る由もなかったが、月采女迦具夜はその容姿や醸しだす雰囲気から学内では知らぬもののいないほどの有名人で、非公認のファンクラブも存在しているらしい。
しかし当の本人はといえば、そういった浮いた神輿に担がれることもなく自身の明確な意思表示を貫いていたため、入学から半年ほど経過した今では『孤高の女神』であるとか『迦具夜姫』などとささやかれ、ある意味合いにおいて、現在は平穏な生活を送っていた。
彼女の研究テーマは宇宙関連――主に月に関するものであり、彼女の知識量と熱心さから、卒業後は宇宙航空開発機構かNASAに行くのではないかと噂されている。
「人造筋肉はどうしたって機械寄りだと上手く稼働しない。かといって電気量を増やせば稼働時間が減る」
「心臓部――要するに車で言うエンジンだけを機械にするというのは?」
「それで生きてる人間がこれまでいるか?人間なら飯を――いや、食事をお取りになってだな――」
その日、いつもの学校近くの居酒屋で迦具夜はカルマラビーと佐藤次郎の会話をニコニコして聞き入っていた。カルマラビーの会話の語尾が妙な具合に乱れ、そのことに気づいた彼自身が「やっちまった」と言わんばかりに頭を掻く。
「――どうも姫さんといると会話が上品になっていけない」
「どこが上品なんで――す?」佐藤次郎の語尾もなんだかおかしな具合に、まとまる。
「――どうか私のことはお気にせず。続けてくださいな?」当の迦具夜はといえば、実に飄然としていて笑顔を崩す様子もない。ピンと伸ばした背筋で座した姿は神々しささえ覚える。猫背で前のめりになって酒を呑む男連中と彼女とでは、その姿が対照的に過ぎた。事実、居酒屋の中で通り過ぎていく人間の殆どが一度は彼女に目を止める。酔った連中が声をかけないのは単に男たちがいるからという訳ではなく、声をかけるには畏れ多いと感じるからなのかもしれなかった。
遅れて丸目と遥が店に入ってきた。
「姫ちゃあぁあん!」
座敷に上がるなり丸目が迦具夜に抱きつく。が、それもなにかに遠慮してなのか、かろうじて服同士が触れるくらいのハグだ。
「こら、丸目!姫に対して畏れ多いにもほどがある――であるぞ?」
「――ハゲ!羨ましいなら羨ましいって言いな!あたしだってこれでも遠慮してんだからね?んー!姫ちゃん今日もいい匂いするぅ~。着物に似合いそうな香り」
「そうですか?ありがとうございます」
迦具夜がひときわにっこりと微笑んだ。
薫物の匂いが立って、ついっと揺れて、香る。
風が強く吹くと、私の住んでいる田舎ではとてもきれいな光景が飛び込んできます。今の時期だと小さな粒の雪がなにもない平地を渡って、ざあっ、と流れていく様子が見れますし、夏ですと大きく繁ったクヌギの木が盛大に伸ばした枝に青々とした葉をつけて、なんとも言えない新鮮な香りを運んできます。まあ、とどのつまりすごい田舎だってことですねw