八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、23
「やった――の!?」久能京華1士がとても信じられないと言ったふうに懐疑的な言葉を発した。それほどまでに綺麗な形で柊陸曹のアタックトルーパーの正拳突きが敵に命中していた。やればできるじゃないの、という言葉よりも先に目の前の事象が本当であるかどうかを見定めることのほうが先に立つあたりに彼女の柊に対する信頼度がよく伺える。
他方、会心の一撃を実感した柊も興奮冷めやらぬ感情のやり場に困惑していて落ち着かない様子だ。ガッツポーズだけでは飽き足らず、窮屈なコクピットの中で先刻から繰り返し意味不明な踊りをしていた。
外付けアーマーシステムとの相性がいいのか?
思った通りに機体が動いたことに困惑を隠せない。いつもこんな時は決まって攻撃を外していたから、彼の中で近距離戦闘自体が悪い意味でのジンクスとなっていた。
大きな一歩と言えた。これまでどうあっても越えられなかったハードルを飛び越した経験が今後自身の誇りになり得ると確信を持つことができる。
ヤックがゆっくりと立ち上がるのが見えた。しかしその動きに初見の精彩は感じられない。あきらかにぎこちない立ち上がり方は相応のダメージを柊に確信させた。
「まだ――立つか」
柊にも今回の敵――ヤックがこれまでの敵とは一線も二線も画す相手であることは理解している。人間をそのまま巨大化させたような滑らかな動きをする敵はこれまで出て来ていない。鹵獲――そんな言葉が過ぎる。
ここはいっそ二階級特進狙ってやるか、などと過ぎた色気が顔をのぞかせる。
『どうやら本気でかからねばならないようだ』声が、耳鳴りのように異音まじりに放たれた。
柊の眉間に険が奔る。久能にいたっては今入った通信を無意識にリピート再生していた。
「今、あいつ、喋んなかった?」
「――喋ったさ。あいつは日本語を話してる」
「――ごめん、理解が追いつけない」短く切ったはずの久能の言葉の色が、澱む。
「奴を鹵獲するぞ、京華」
「――了解」柊の意図は読めなかったが覚悟は伝わってきた。日本語を流暢に話す正体不明機をとっ捕まえてしまえば、おのずと概要は知れる。
なら、従うまでだ――久能京華も覚悟を決めた。
多弾頭ミサイルを標準にセットして、敵を攪乱しつつ戦闘不能になる寸前まで追い詰めてやる。
距離を測り柊機との連携重視のシフトに移行する。
『ふふふふ――』
軽やかな、余裕を感じさせる笑いを、ヤックは――した。
『日本の国防は、いくら時間を経てもなお甘っちょろい』
ヤックの長髪から青白い煙が一気に噴き出した。これまでそこそこに効いていたレーダーが途端、まったく反応を失くしていく。
ジャミング――?
そんな甘いものではない、周囲数キロの範囲で建物も道も表示されるべき全てのものが文字通り煙に巻かれていく。
『討つべき時に討たねば禍根を伸ばすと未だ学習しない。だからこそ――』
そこで言葉は終わった。
「だからこそなんだというんだ――出てこい卑怯者!尻尾を巻くのかぁ」
状況を察してヤックが潜んでいそうな場所を手あたり次第、拳で振り抜く。突進、横薙ぎ。どれも完全な空振りだ。最後の言葉でこちらは見事に謀られたのだ。
おびただしく周囲に拡がっていく煙が事の終焉を告げていた。
おそらく敵はこちらの戦力に自身の不利を感じて撤退したのだとはわかる。
しかしそれ以上に、大きな謎が澱のように重なって、柊を含めかかわった人間すべてに消化不良をもたらしたのは紛れもない事実だ。
「畜生が!」
功名心が邪魔をした――柊は己を悔いた。
キュウリ、猫にハムと言う言葉がございます。――(※ございません)。小説はある意味言葉遊びで、アナグラムを入れたならドキドキして――というのを心がけているのですが、ニヒルとズレた渋さはなかなか難しいものでございます。シリアスパートが続くと時折忘れがちになるので心がけていきたいと思う今日この頃ですw




