説得
「今、そなたが口にした鹿肉も私が仕留めたものだ。里に下りてライ麦畑を荒らしたからな。どうだ!ちょうどこのライ麦パンと相性も良かろう!」
「ひょっとして調理もなされたのですか?」
「ハハハ!そこまでは人の仕事は盗らぬわ! 私は血抜きを行ったまでだ。これだけは素早くやらねばならぬからな! あとはローズマリーにニンニクと素朴な田舎料理だが……私にはこれが一番性に合っている」
「しかし姫様!『井の中の蛙大海を知らず』という言葉もございますぞ。」
「では私は逆に問いたい! “井の中の蛙”になぜこうも卵を産ませたがる?! 産まれたオタマジャクシも所詮は井戸の中! そのオタマジャクシの顔をそなた達がわざわざ確かめずとも良いではないか? 皇帝から忠誠を疑われる様な事は、我がヴァレ男爵家は代々行っては居らぬぞ!鹿の毛1本ほどもな!」
「もちろん姫様の忠誠は何人も疑ってはおられませぬ。でももう遅いのです。私が姫様を見てしまいましたから。 今宵、この赤ワインが進むのは鹿肉だけではなく姫様とのマリアージュあってこそです」
「なぜ、そう言い切る?!」
「私の目は我が主のイース公の目でありますから」
「魔術か?」
「その様な物よりもっと深淵でございます」
「では、『私を食したい』と言うのもイース公の私欲か?」
「御意のままに」
「それは困ったな!あいにくと私はイース公には食指は動かぬ! ただお主に対してはウズウズする!」
そうハンスに言い放つとエリザベートはアメリアを顧みた。
「この御仁は今日、私と同衾するそうだ! ただ私は可愛い妹であるお前の意にも沿いたい。今宵は三人で戯れようぞ! 『“漢気”に私も惚れたぞ!』との言葉は決して嘘では無いのだからな!」
「護らねばならない姫様と“戯れよ”とおっしゃるか?」
「主を盾にしての尻込みなぞ許しはせぬぞ! このじゃじゃ馬を“ウォーケンの地”へ引っ張って行きたいのなら先ずは楽々と乗りこなしてみせよ!但し、アメリアには優しくな!」
ハンスにこう申し渡したエリザベートは、グラスをグイッ!と空け、頬を赤らめるアメリアの肩を抱いて陽気に笑った。